この間、九ちゃんとカレーパーティをしたんだ。もちろん、俺の『カレー専用鍋』を使ってな。
九ちゃんは辛口好みだってんで、俺も張り切って作ってやったさ。
なのに、ちっと俺が目を離した隙にハバネロを山ほどぶち込みやがった。
いいか?カレーの辛さってのは、唐辛子の辛さとはまた次元が違う。何て言うんだ、辛さの中にも深みがあるって言うか…カプサイシン如きに真似できる代物じゃねぇんだ。
だいたい、この俺が腕を振るって作ってやってるってのに、横から調味料を入れるなんざ、たとえ親友の仕業でも許せねぇな。
…ん?あぁ、親友だよ、親友。
断じて、片思いの相手、とかじゃねぇんだ。
ま、それはともかく、だ。
出来上がったカレーは、確かに辛口だったさ。さすがの俺も一口食ったら火を噴くかと思ったくらいだ。
しかし九ちゃんはにこにこして平然とスプーンを口に運んでいたが。
「おい、もっと牛乳よこせ」
「甲ちゃんはカレー好きのくせに鍛錬が足りませんねー」
鍛錬って何だよ、鍛錬って。
だがそうまで言われちゃ、牛乳をがぶがぶ飲んで誤魔化すなんて真似は、カレー好きの名に賭けて出来っこ無い。
俺は諦めて、そのとんでもない味のカレーを食ってたんだが。
「…でも、これ、辛いよ、九龍くん…」
「え?そうですかー。ちょっと待ってて下さい」
そう、取手もいやがったんだな、そのカレーパーティーには。
オムレツ好きのくせに、何で俺と九ちゃんのカレーパーティーに参加したりしてんだ。
カレーの良さも分からない奴に、カレーパーティー参加の資格は無い。
それだけでもむかつくってのに、取手の言うことなら、九ちゃんがはいはいとすぐに聞き入れるのがまた腹が立つ。
…いや、断じて、焼き餅じゃあ無ぇぞ。
で、取手の言うことには腰の軽い九ちゃんが、備え付けの冷蔵庫でごそごそしたかと思うと、プラスチックの容器を取り出して来た。
蓋を外すと、2列に整然と並んだ卵。
そこから2つ取り出して、一つは取手に、一つは俺に寄越した。
「生卵入れると、少しまろやかになりますよ」
「うん、ありがとう、九龍くん」
「あ、牛乳追加しますね」
冷えた牛乳を取手のコップにいそいそと継ぎ足して、九ちゃんはにっこり笑った。
…俺には、無いんだな…。
ま、それはともかく。
俺も俺の卵を割ろうとして、ふと取手の手元に目が行った。白い殻にでっかく書かれた『か』の文字。俺の卵には名にも書いてない。
一体、何の暗号だ?
「おい、九ちゃん、『か』って何だ?」
「殻、捨てに行くので、甲ちゃんも早く割って下さい」
右手に取手の割った卵の殻を持って催促するんで、俺も卵をカレーに入れて殻を手渡した。
ゴミ袋に入れに行った九ちゃんがまた座ってから同じ質問をしたら、九ちゃんは平然と答えた。
「『かまち』の『か』ですよ」
いや、それは何となく分かってるんだが。問題は、何故、卵に『か』なんて書く必要性があるか、なんだが。
「かまち君には、教員宿舎から頂いた、出どころに瑕疵の無い卵を選んでます」
かしの無い…あぁ、問題が無いってことか?九ちゃんも日本語が上達したな。雛川が個人授業をしたらしいからな。…あぁ、そこでちゃっかり卵をぱくってきたのか。
いや、ちょっと待て。
「…『か』が書かれて無い奴は?」
「それ以外、です」
えーと、それは、まさか、つまり。
「それ以外っつーと…」
「だから、『それ以外』の入手ルート、ですよ」
俺の脳裏には、きしゃーっと鎌首をもたげるコブラもどきが映っていた。
はは…はははは…い、いや、蛇の卵じゃあ無い。解説によると、依代として使われているだけの普通の卵だ。
…いつの時代のかは知らないが。
「あ、本当だ、だいぶ食べやすくなったよ」
「良かったです…でも、今度からもっと辛くないのを用意しますね」
「いいよ、九龍くんが好きな辛さで」
ほのぼのと会話する横で、俺の口の中には生卵がねっとりと絡みついていた。
…愛が欲しい。
取手に対するのの半分でも良いから愛が欲しいってのは、そんなに欲張りな願いじゃないよな?
な?そう言ってくれ…。
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