媚薬




 うーん、と葉佩は首を捻った。
 「おかしいなぁ」
 呟いて、もう一度HANTのレシピを確認する。
 うーん、ともう一度首を捻っていると、ノックの音がしたので立ち上がった。
 「はーい。どなたですかー」
 「…取手。…ごめん、ちょっと時間あるかな…」
 ドアの外から聞こえるくぐもった声に、葉佩はさっくりと鍵を解除し、扉を開けた。
 ほんのり笑って「こんばんは」という取手に、やっぱりほんのり笑って「こんばんは」と答えて、半身をずらし取手が中に入るスペースを作る。
 本と辞書と筆記用具を手に入ってくる取手の背中を見ながら鍵を掛け、葉佩はベッドの足下から小さな折り畳み式の机を引き出した。
 かこん、かこん、と足を立てて部屋の真ん中に置く。
 取手はその間、正面を向いていたが、少し首を傾げて呟いた。
 「…珍しいね…はっちゃんが、こういうの見るのって…」
 葉佩の机の上にあるのは、HANTと何か実験道具のような試験管立て、それだけなら調合中かと思うところなのだが、もう一つ、場違いな雑誌のグラビアが広げてあった。
 水着の少女が豊満な胸を強調するような姿勢で写っている。
 横に置かれたティッシュの箱を見て、今更ながら取手は、ひょっとしてまずい時に来てしまったのではないか、と気づいた。
 「…あの…ごめん…邪魔したかな…」
 「えー?何が?」
 クッションを膨らませて床に置いていた葉佩は、きょとんとして取手を見つめた。
 うっすら顔を赤くして困ったようにおろおろしている取手と、机の上を交互に見てから、葉佩は、あ、と声を上げた。
 「あー…ひょっとして、顔を合わせるの、まずかったのかなぁ…」
 んー、と葉佩は首を傾げたが、「まあ、いいかぁ」と、のんびり言った。
 葉佩は取手の顔を見ながら、自分の手首に指を当て脈拍を計った。
 「別に、変化無いなぁ。やっぱり、失敗だったみたいだ」
 どうぞ、と促されて、取手は小さな机の上に持ってきたものを置いた。
 葉佩は取手の向かい側に座って、机に肘を突き、それを覗き込んだ。
 取手が、ぱらぱらと英語で書かれた本をめくる。
 「…えっとね…ここの文章がね…どうしても、この部分がどっちにかかってるのかが分からなくて…」
 「えーっと…ホントだー分かりにくいねぇ。…それに、このprettyはまずいねぇ。これ、どういう意味だと思った?」
 「え…可愛いだと…」
 「うん、普通はそう思うよねぇ。でも、英語の古風な言い回しで、『惨めな』っていう意味もあるんだ」
 葉佩は取手の英和辞典を取り上げ、ぱらぱらとめくった。
 「あぁ、1行だけ最後に載ってる」
 ほら、と指さされて、取手も覗き込んだ。
 「…本当だ…初めて知ったよ…可愛いとかそう言う意味だと思いこんでたから、わざわざ辞書で調べなかったし…」
 「そうだよねぇ。全く逆の意味だとは思わないよねぇ」
 「…えっと…じゃあ、これが惨めな場所だとすると…あ、やっと意味が繋がったよ。ありがとう」
 シャーペンで小さく書き込んだ取手は、ほっとしたように微笑んで葉佩を見つめた。
 葉佩もにっこり笑い返す。
 「取手は、すごいねぇ。これ、教科書じゃないでしょ?学校で決められたこと以外の勉強までしてるんだ」
 取手は少しだけ目を丸くして、それから僅かに赤くなって大きな手を振った。
 「…僕なんて、別にそんな…はっちゃんの方が凄いよ。日本語と英語だけじゃなく、ドイツ語やスペイン語とかも出来るんだよね?」
 「俺のは、必要だから自然と身に付いたもので、ちゃんと勉強したものじゃないから。必要でもないのに、勉強する取手の方が凄いなって」
 ほんわかと微笑む葉佩に、取手はますます顔を赤くした。
 口に手をやって、それから首を掻いて、少し俯く。
 「…ごめん…その…必要、なんだ」
 「え?…えーと、俺の方こそ、ごめん。そっか、日本人でも、英語は必要だよねぇ」
 「あ…その…いつか…本当に、いつになるか分からないし、出来ないかも知れないけど…」
 「うん」
 「その…ピアノ…留学したいなって…出来れば、ウィーンとか…」
 「ウィーンは、オーストリアだからドイツ語だよ?」
 「う、うん…でも、ドイツ語は基本すら知らないから…せめて、英語をマスターしようと…全然…遠い話なんだけど…」
 「ほわー、やっぱり、取手は、凄いなぁ。ちゃんと先を見てるって言うか…偉いなぁ」
 心底感心して葉佩が見上げると、取手はぷるぷると首を振った。
 取手にしてみれば、数カ国語を操って、更には調合やら料理やら戦闘やらに長けている葉佩の方が凄いと感じるのだ。
 それに比べれば、何をするにしても要領が悪い自分など、到底及ぶはずもない。もしも自分が葉佩のようであったなら、ピアノもバスケも両立出来ただろうに。
 「…はっちゃんは…器用だから…」
 小さく消え入るような声に、葉佩は首を傾げた。
 「んーとねぇ、俺のは、器用じゃなくて、小器用って言うんだと思うんだ。んー、分かるかなぁ、この日本語の微妙なニュアンスの違い」
 何となく、否定的なニュアンスを含む<器用>だと主張する葉佩に、取手は抗議の声を上げた。
 「そ、そんなことないよ…はっちゃんは、すごく、何でも器用じゃないか」
 葉佩は、どう言えば良いのかなぁ、と小首を傾げた。
 んー、と考えていると、取手も、んー、と考えているようなので、二人で、んー、と悩む。
 「俺は、確かに表面を模倣するのは得意なんだけど、根本的に理解しないでやってるってゆーか…んー、やっぱり小器用って言葉がぴったりだと思うなぁ」
 取手が否定する前に、ぼんやりした目を机の上にやって、溜息を吐く。
 立ち上がってぽてぽてと歩き、広げていたグラビアを丁寧に畳んだ。
 「これもさぁ、レシピ通りにやったはずなのに、失敗したみたいなんだけど…もし俺が理屈が分かってやってたなら、どこが違うか分かるのになぁ」
 机の前の椅子に座ると、取手も立ち上がって葉佩の手元を覗き込んだ。
 葉佩は、HANTの画面を見ながらもう一度試験管に調合した。
 それを2本作って、躊躇うことなく1本を飲み干す。
 「…あの…それ…何だい?」
 「んーとね、ロゼッタのレシピによると、Love Potion、つまり媚薬なんだけど」
 葉佩はさらりと答えて、取手をじーっと見た。
 その視線が眩しかったのか、ぱちぱちと瞬いてから、取手は葉佩が手に持っている試験管を見た。
 一見、何の色もない、臭いもなさそうな液体。
 「…どうして、いきなり、そんなものを?…はっちゃん、誰か好きな人でも出来たのかい?」
 「んー?あのさ、こないだ、大広間でジャンプが届くようになった場所があったでしょー。んでね、そこで見つけた壷から、蛇の肝ってゆーのが出てー。んで、蛇の皮ならともかく、肝って、何に使えるのかなぁって検索したら、これが出てきたから、作ってみようかなって」
 何かの役に立つかも知れないしー、と暢気に言う葉佩に、取手も、そんなものかーと頷いた。
 「…でも、失敗…なのかい?」
 「んー…よく分かんない。媚薬って、誰かを好きになる、いわゆる惚れ薬か、エッチな気分になる薬か、どっちかだと思うのにー」
 葉佩は、ぱらりとまたグラビアを広げ、すぐに閉じた。
 「せっかく、ラウンジからいらなさそうな雑誌を取ってきたのに。別にこの子を好きになったり、エッチな気分になったりしないんだー」
 あんまりがっかりしているようなので、取手も色々考えてみた。
 「…えっと…写真だから…とか…」
 「えー?んー…でも、取手は生身だよ?写真だから駄目なんなら、取手見たら惚れるはずじゃん?」
 「あ…そうか…」
 真面目に頷いて、取手はまた考えた。
 「でも…僕は男だし…本物の女の子じゃないと駄目…とか…」
 「媚薬がそんなに融通利かせてくれるかなぁ…んー…試そうと思ったら、本物の女の子の前で飲まなきゃなんないのかー」
 葉佩は想像してみた。
 そして、がっくりと肩を落とす。
 「…怖い…怖すぎる…八千穂に惚れるのも、八千穂にエッチな気分になるのも、叩きのめされる姿しか想像できない〜」
 「…別に、八千穂さんでなくても…椎名さんとか…」
 「爆殺される〜」
 「…えっと…大人しそうな七瀬さんなら…」
 「斬り殺される〜」
 「…えっと…えっと…あの、マミーズの…」
 「んー…笑って流してくれるかもしんないけど…」
 葉佩は人差し指を当てた唇をぷぅと膨らませた。
 「でも、基本的に、仲間に無理矢理、恋するのも、エッチするのも、失礼だと思うんだ」
 「…うん、まあ、そうだけど…媚薬って、そもそもそういうものじゃ…」
 根本的なことを突っ込んだ取手に、葉佩はあははと笑った。
 「そういえば、そうだねぇ」
 「…あぁ、だから、写真で試してたんだ…」
 「そういえば、そうだった〜」
 あはは、と暢気に笑う葉佩に、取手もほんわかと笑う。
 ひとしきり笑ってから、葉佩はイスから立ち上がって取手の腕を引き、代わりに座らせた。
 「取手も試してみてよー。俺だけ効きにくいのかもしんないし」
 「…いいけど…これだけでいいのかい?」
 試験管に入ったせいぜい20mlほどの液体を見て困惑していると、葉佩が首を傾げて曖昧に頷いた。
 「うん、レシピにはそうあるけど…どこがおかしいのか、俺には分かんないし」
 「そうなんだ…」
 「うん、ごめんね」
 「えっと…それじゃ、飲んでみるね」
 目の前にグラビアを広げて、取手は試験管の液体を一気に飲み干した。
 「…げほげほげほっ!」
 「わっ!取手、大丈夫!?」
 思い切りむせた取手は、背中をさすってくれる葉佩を涙目で見上げた。
 「…げほっ…ご、ごめん…臭いも、色もないから…くふっ…て、てっきり、味も無いものだと…」
 「…あ〜…ごめん、不味かったよねぇ…」
 葉佩はわたわたと冷蔵庫を漁り、ミルクとイチゴを取りだした。しゃかしゃかとシェイクしてイチゴ牛乳を作り出し、はい、と手渡す。
 生臭いような漢方臭いような味にむせていた取手は、それを飲んでとりあえず落ち着いた。
 葉佩は取手の背中をさすりながら、もう一度「ごめんねぇ」と謝った。
 思い出したら吐きそうな気分になりつつも、取手は涙目のまま震える手で試験管をスタンドに戻した。
 「…凄い味だったね…これは、効く量が200mlとか言われても、飲めないと思うな…」
 「そうだねぇ、こっそり仕込むのは無理だよねぇ」
 「これ…飲むものじゃないんじゃ…」
 「えー?飲むって書いてあったよ?…あ〜、でも、スプレーにして臭いで媚薬ーとかもあるかも。ちょっと試してみようかなー」
 ちゃかちゃか調合した葉佩は、霧吹きで自分と取手に吹きかけた。
 「どう?」
 「臭いは無いから、この方が気づかれにくいよね…たぶん…」
 「でも、いきなりスプレー噴射されたら、びっくりすると思うなー」
 「通り魔みたいだよね…」
 二人で顔を見合わせてくすくす笑い、また何で効かないのか考え出す。
 「遅効性なんじゃ…」
 「誰に効くのか分からないって、困るんじゃないかなー」
 「えーと…最初に見た人を、翌日好きになってるとか…」
 「あはははは、変なのー」
 「そうだね、おかしいね」
 二人で楽しく議論していると時間がどんどん過ぎていき、消灯時刻になっていた。
 「…あ…もう、部屋に帰るね…」
 「あー、ホントだ、もうこんな時間だー」
 「また、明日」
 「うん、また、明日。ロゼッタに問い合わせしてみるから、結果が分かったら教えるね」
 「…うん…楽しみにしてるよ…おやすみ、はっちゃん」
 「おやすみ、取手ー」
 にこにこと二人、手を振って別れる。
 葉佩は、もう一度レシピを読み直して、首を傾げてからロゼッタにメールを打った。
 「これでよし、と。もう寝よっと」
 折り畳み机を片づけ、試験管や材料をきっちり片づけてから、葉佩は一つあくびをした。
 もう一度だけグラビア写真を見つめ、ぱちぱちと瞬いて、明日ラウンジに戻そうと綺麗に畳んだ。
 そうしてベッドに潜り込み、すぐに眠り込んでしまった。


 翌朝。
 いつものように起きて、洗顔してからもそもそと着替え、雑誌を手に部屋を出る。
 ラウンジの元あった場所に雑誌を返し、ぽてぽてと食堂に歩いていっていると、背後からくぐもった声がかけられた。
 「おはよう、はっちゃん」
 「あ、おはよう、取手」
 二人並んで歩いていく。
 食堂で適当にトレイを取って、二人向かい合わせに座って食べ始めると、後からいかにも眠そうな皆守があくびと共に現れた。
 「おはよー、皆守」
 「おはよう、皆守くん」
 「…あー…よぅ…」
 ふわあ、ともう一つあくびをして、皆守は半目のままコーヒーを手の中で回した。
 ごくり、と飲んで、一瞬目が開くものの、すぐにまた瞼が下がっていく。
 「皆守ー、もじゃ髪に卵が付くぞー」
 「あ、ホントだ。…皆守くん、ほら…」
 向かいの取手が、長い腕を伸ばして皆守の頭を支えた。
 隣の葉佩が、皆守の前からトレイを少し離す。
 「…んあ?…寝てねぇよ…」
 「寝てるじゃん。…ほら、皆守、あーん」
 皆守の分のスプーンをスクランブルエッグに差し込み、皆守の口に運んでやると、雛のように素直に口を開いた。
 もにゅもにゅと口を動かしている皆守を見て、葉佩と取手は顔を見合わせてほんわかと笑った。
 「面白いよねー」
 「うん、面白いね」
 「はい、皆守、あーん」
 「あ、今度は、僕もやってみようかな…はい、皆守くん、パンだよ」
 二人に餌付けされて、皆守は何やってんだと思いつつも楽だからいっか、と次々運ばれるものを目を閉じたまま咀嚼していった。
 すっかり一番に食べ終えて眠り込んだ皆守を見て、また葉佩と取手は顔を見合わせて笑った。
 ほんわーと春の日差しのような雰囲気の中、自分たちの朝食を食べていると、葉佩のHANTが鳴った。
 ほえ?と起動すると、取手が遠慮がちに声をかけた。
 「…はっちゃん…スプーンくわえたままは危ないよ…」
 「ほえ。…んー、そうだねー」
 子供のように口にくわえたスプーンをぴこぴこ上下させてから、葉佩はスプーンを皿に置いた。
 「…えっとー…なーんだ」
 ぷぅっとつまらなそうに頬を膨らませてHANTをしまう葉佩に、取手が目だけで問うてきた。
 「んー、あのね、昨日の媚薬だけど…」
 「あん?媚薬?」
 いきなり身を起こした皆守に、葉佩は声を上げて笑った。
 「あははは、皆守、媚薬って単語に反応してるー」
 「…へぇ…皆守くんも、意外とそういうのに興味あるんだ…」
 「ねー、普段、そんなの興味なさそうな顔してんのにねー。皆守、むっつりだー」
 二人に暢気にからかわれて顔を顰めつつも、皆守は目を無理矢理見開いた。
 「いや、二人で何をやってるんだ、と思っただけだ」
 んー?と葉佩は首を傾げた。
 「なにー?皆守、仲間外れで寂しい、とか?よし、今度は皆守にも飲ませてあげよう」
 「…あのね、皆守くん。美味しくないからね?口直しになるもの…あ、皆守くんならカレーかな…何か持っていった方がいいよ?」
 皆守は、無言で二人の顔を見比べた。
 呆れるほど無邪気というか何というか。
 「…媚薬…つったら、エロい薬だろうが…何で、お前ら二人で飲んでるんだ」
 男同士で媚薬を飲んだ、と言われたら、一体何が起きたんだ、と思う方が自然だろうと皆守は思ったが、目の前の二人は、全く気づいていないようだった。
 不思議そうに二人で顔を見合わせて、二人そろってきょとんとした顔でいるのが、何となくむかついて、皆守は少し目を逸らした。
 「えっとねー、媚薬を試験的に作ってみたんだけど、全然効かなくてねー、何でだろうって」
 「…それでね、僕も飲んでみたんだけど…すっごく変な味でね…」
 「んでねー、おかしいなぁ、ロゼッタのレシピ通りに作ったのになーって、ロゼッタに問い合わせしたんだ」
 そこで、取手が視線を皆守から葉佩に向けた。
 「…それで?返事はどうだったんだい?」
 葉佩も隣に向けていた視線を正面の取手に向ける。
 ぷぅ、と不満そうな顔で、説明することには。
 「あのねー、ロゼッタのは、エッチな薬じゃなく、本当に惚れ薬の方の媚薬なんだって。んでね?それも、すっごくじんわり聞いてー、傍目には分からないくらい自然な親愛の情がわき上がるような効果なんだってさ」
 「うわあ、凄いね…それは、本当に惚れ薬って感じだね…」
 「怪しまれないって意味では凄いけどさぁ。あんまり、媚薬って感じじゃないよねぇ」
 しみじみ感心しているらしい二人に、何なんだ、こいつら、と思いながらも、皆守は一応突っ込んだ。
 「…いや、それで、お前らは、その凄い惚れ薬を飲んだのか。お互いの目の前で」
 そうしてまた、見ている方がイライラするくらいにそっくりに、首を傾げてお互いの顔を見て、きょとんとした目を皆守に向けた。
 「うん、そうだねぇ」
 「…そうだね、そういえば」
 「あれ?じゃあ、やっぱり、失敗?」
 「…えっと…でも、自然な親愛の情だから…」
 取手は自分の胸に手を当てて、それからにっこりと微笑んで葉佩を見つめた。
 「…よく、分からないけど…僕は、元々はっちゃんが好きだから…いつもと変わらないんじゃないかなぁ」
 ずるっと足を滑らせた皆守の隣で、葉佩もにっこり笑って頷いた。
 「あ、そっかー。俺も、元々取手が好きだから、親愛の情が湧いても分からないんだー。なるほどー」
 「…あんまり、意味が無い薬だね…」
 「あはははは、ホントだ、意味無いねー」
 ずるりとイスから半ば滑り落ちた姿勢のまま、皆守は天井の油染みを見つめていた。
 耳からは、和やかに笑い合っている二人の会話が聞こえてくる。
 「…馬鹿か…」
 ぼそりと呟いた言葉は、花を撒き散らしながらその場だけ春の世界になっている二人の耳には入らないようだった。






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