失恋 4





 夕食も終わって、看護士さんの見回りも終わって、後は消灯を待つだけ、という時刻になって。
 ようやく、僕は勇気を振り絞って、彼に聞いた。
 「…あの……あのね…聞きたいんだけど…僕の責任って……何かな」
 彼は、じろっと僕を睨んだ。
 自分でも、今更、とか思うし、鈍いんだろうな、とも思う。
 けれど、もしもこのまま追い返されたりしたら、一生悩みそうだ。
 彼は、僕から視線を逸らして、天井を睨み…妙な声で唸った。
 思わず顔を覗き込むと、視線で殺されるんじゃないだろうか、というほど殺気を込められた。
 それでも僕が見つめ続けると、彼はわずかに口を開いた。
 「責任は、責任、だろ。馬っ鹿じゃねぇの」
 「…えっと…だから、つまり…君の怪我は、僕のせい…なのかい?」
 そういう意味に思えるんだけど、何故遠く離れた彼の怪我に、僕が関係あるのかが分からなかった。
 「そ。お前のせい」
 「…えーと…ごめんね、馬鹿で……でも、やっぱり、よく分からないんだけど…」
 彼の体が緊張したのが分かった。
 飛び起きようとでもいうような筋肉の動きだったので、僕は僅かに体を引いたけど、結局彼は力を抜いた。
 「ホント、馬鹿」
 うんざりしたような調子を聞けば、いつもの僕なら曖昧に誤魔化してしまうところだけれど、今日ばかりは最後まで聞きたかった。
 ひょっとしたら、明日にでも別れを告げられて、もう二度と会えないかもしれないのだ。
 もう嫌われているのだから、いくら馬鹿だと呆れられても構わないから、僕は納得の出来る答えが欲しかった。
 僕がじっと見つめていると、彼が舌打ちした。
 「つまり。俺がミスったのは、お前に気を取られていたからだっつってんの。お前が余計なこと言わなきゃ、俺はミスってねぇんだから…やっぱどう考えても、お前のせいじゃねぇか」
 忌々しそうに告げられた言葉を噛み砕く。
 僕は、彼が怪我をしたとき、その場にはいない。
 ということは、僕に気を取られた、ということは、僕が告白したことを彼が考えていた、ということだ。
 正直、意外だと思う。
 僕はてっきり…「気色悪い」告白のことなど、彼はすぐに忘れてしまって、次の仕事をしていると思っていたからだ
 「…ごめん…そんなに…思い出すほど気持ち悪かったかい?」
 忘れてしまえば良いのに、とか思うけれど、心に傷が残るほどイヤな出来事なら、つい思い出すこともあるだろう。確か、フラッシュバックとか言うんだった。
 「おぉ、気色悪いったりゃありゃしねぇ。この俺のどこが天使だ、闇を照らす光だ、心の支えになるような素晴らしき存在なんて思われたら迷惑この上ねぇっての」
 「だって、はっちゃん、綺麗だし」
 「…気色悪い〜!」
 彼は顔に鳥肌を立てた。布団の蠢きを見るに、体も鳥肌たったんだろう。
 「…綺麗って、気色悪い?」
 僕はお世辞を言っているつもりはない。
 実際、彼はとても綺麗だと思うし。
 首を傾げていると、彼はついに起き上がった。
 僕の胸ぐらを掴み、恫喝するような低い声で言う。
 「俺は、女じゃねぇ」
 「うん、知ってる」
 「俺は、小便もすりゃあ糞もするし、ついでに言えば、男とも女ともやった経験がある」
 「…あ…そうなんだ…じゃあ、男が全然駄目な訳じゃ無いんだ…」
 気色悪い、なんて言うから、男は問題外、ということだと思ったんだけど…あぁ、じゃあ、僕個人が気色悪い、ということか。
 彼はちょっとだけ驚いたような顔になってから、また目を細めた。
 「お前、そんな人間のどこ捕まえて、僕の光〜なんぞと抜かすんだ、このボケ!」
 「え…全部…かな」
 まさか、彼が排泄もしない性行為もしない超人だなんて考えたことは一度も無いけど。
 「お前な!わざわざ呼んで、俺の糞の始末までさせただろうが!何でそれで綺麗なんて幻覚が見えるんだ!」
 「え?人間、生きてれば排泄するのは当たり前だと思うけど…あ、もちろん、君の排泄物まで綺麗だと言うつもりは無いよ?僕、そういう趣味はないから」
 やっぱり、彼の言いたいことは分からない。
 けれど、何となく。
 何となくだけど、僕を呼んだ理由は分かったような気がした。
 彼は、僕が彼じゃなく幻想を見てるんだと思っている。それでその幻想を破ろうとしているらしい。
 あれ?と僕は首を傾げた。
 「僕は…てっきり、もう君とは会えないんだと思ってたんだけど…わざわざ、その<幻覚>を破るために、呼んだってこと…なのかな」
 「そりゃ…ずっとそんな風に思われてるなんざ、気色悪ぃからな」
 「…んーと…俺には関係ないって、放っておいても良さそうなものなんだけど…うーん…僕に、素のままの自分を見て欲しい…とか…」
 自分で言っておいて、何て僕に都合の良い解釈なんだろう、と思ったんだけど…彼の目が挙動不審に逸らされた。
 …あれ?
 改めて、彼の行動だけを考えてみる。彼の表情から類推した僕の想像は抜きにして。
 まず。僕のことを考えていて、ミスをして怪我をした。
 入院して、僕を呼びだした。ただし、受験前なら、何も言わないつもりだった。
 僕が来たら、自分の世話をさせた。そのために付き添い用食事や簡易ベッドを手配した。
 自分の用が無い時に、僕に観光を奨めたり、自由時間を与えようとした。
 僕にピアノのある場所を教えて、一緒に聞いていた。
 リハビリに付いていった僕の腕を掴んで痛みに耐えた。
 抱きかかえられてベッドに戻った。しかも、顔は赤かった。
 …………。
 いや、まさか。
 ものすごく怒ったような顔で、不機嫌そうで……でも、止めろ、とかは全然言って無くて。
 …何だ。
 何だ…そう、なのか。
 「…僕は…君に、気色わりぃなんて言われて、とても傷ついていたんだ…自殺しかねないくらいに。…まあ、君のおかげで、僕も少し強くなってたから、ピアノにぶつけることで何とかなったけど」
 「ふぅん」
 興味なさそうに相づちを打っているように聞こえるけど、「そう」思って意識すると、かすかな安堵が潜んでいるのが聞き取れた。
 「僕は、君を理想化しているつもりは無いよ…君がいるから、今の僕がいるんだし…君がいくら我が儘を言おうが汚いうんちをしようが、君が僕の光であることに変わりはない」
 「…うげえ」
 やっぱり彼は嫌悪感を露にして顔を顰めたけれど、どうやらそれは僕に対してではなく、自分を賛美する言葉に対してのものらしいと思ったら、さして傷つかない。
 「それより…君の方こそ、僕に幻想を抱いてるんじゃないか、と不安なんだけど…」
 溜息がてらに呟くと、彼がうっすら顔を赤くして眉を上げた。
 どう見ても怒った顔だけど、ひょっとしたら照れ隠しなのかも。
 「お前に幻想、だぁ?そんな立派な人間かよ、お前が」
 「うん、そうなんだけど…どうも、僕にも性欲があるとは思われてないんじゃないかと思って」
 一瞬、虚を突かれたような顔になって、それから慌てたように怒った表情に戻る。…そうか、この顔は作っていたのか…。
 「せ…い、いや、お前だって、17歳の男なんだし、じゃなかった、誕生日おめでとう、18歳の男なんだし、そりゃ普通にあるだろうよ。お前がトイレに行って、長い間戻ってこないことだってあったしよ」
 「誕生日を覚えていてくれてありがとう」
 興味の無い人間の誕生日なんて覚えているはずがない。…何だかなぁ。
 「…それで、どういう時に、トイレに行っていたのかは、分かってるのかな…」
 「どういうって…そういう時だろ」
 「うん、そういう時だね。…君の体を拭いたり、君の下半身の処理をしたりした後…ってことなんだけど…それとも、分かってて、僕に無防備な格好してたのかい?」
 彼は真っ赤な顔でぱくぱく口を開閉してから、怒鳴った。
 「ふ、普通、糞の始末しながら欲情する奴はいねぇだろ!」
 「…そうかなぁ…ここに入れたいなぁって思いながら見てたんだけど…」
 「へ、変態!」
 「でも、怪我人には何もしない、僕の抑制心を誉めて欲しいなぁ」
 「当たり前だろ!」
 彼はまだ僕の服を掴んだままで、真っ赤な顔は僕の目の前で。
 少し背中を丸めて顔を近づけると、彼はぱっと手を離して身を引いた。
 僕も身を引き、丸イスに座り直す。
 「…怪我人じゃなくなったら、何もしないわけじゃないって言ってるんだけど…それも、当たり前だって言うのかな」
 「気色悪い。どこの誰が、こんな傷だらけでどう見ても男の体に欲情するんだ、気色悪い。そんなの、よっぽど頭のどっかがいかれてやがる変態としか考えられねぇ」
 ぶつぶつ言いながら、彼は布団に潜って僕から顔を隠した。
 僕は、その布団の山を消灯時間まで見つめていた。
 …困ったなぁ。
 すごく…可愛いんだけど。
 でも、僕は、消灯時間が来たら、大人しく「おやすみ」と声をかけて自分の小さなベッドに横になった。
 困った人だな、と思う。
 僕の心をずたずたに切り裂いておいて。
 少しは…僕にも権利があると思う。
 彼を虐める、権利が。

 翌朝。
 僕は普通に起きて、普通に彼に挨拶し、普通に彼と食事をとった。
 彼は夕べのことは何も触れなかったし、僕も何も聞かなかったかのように振る舞った。
 淡々と過ぎる病院の日課は、今日は一つ違っていた。
 何でも、今日は午前中にリハビリをしに行って、午後から医師の診察なのだそうだ。
 ということで、彼がリハビリに行くのに付いていこうとしたが、今日は断固として断られたので、仕方なく小児病棟に向かった。
 言葉は分からないが、子供たちが僕を見て声を上げた。笑っていたので、たぶん歓迎してくれているのだろう。
 そうして、昨日のようにピアノを弾いていると、どうやら子供たちも弾きたがっているようだったので、小さな子を膝に乗せた。
 彼女が弾く単調なド・レ・ド・レ・ド・レという音に合わせて即興でメロディーを奏でる。
 立って鍵盤に届く子が高音でソラソラソラと弾く。
 しゃんしゃんとタンバリンを振る子がいる。
 もちろん、始まりも終わりもない、無茶苦茶な曲にもならない音たちだが、子供たちは目を輝かせて僕にせがみ、膝を奪い合い、寄ってたかってピアノを弾いた。
 …病気の子たちのはずだけど、結構元気だ。
 まあ、本当に苦しい子はベッドから離れられず、この音を煩いと思っているかもしれないけど。
 なるべく消音しながらも、笑い合いながらピアノを弾いていると、子供の一人が袖を引っ張った。
 左手だけでメロディーを奏でつつ、その子の方を向く。
 「…何だい?」
 たぶん意味は分からないだろうけど、声の響きで理解したのだろう、子供は僕の袖を引っ張りつつ、もう片方の手で指さした。
 …あ。
 彼が来ていた。
 この子は、昨日僕が彼と来ていたことを覚えていたんだろう。
 僕が思わず手を止めると、子供たちが声を上げたが、僕は「ごめん」と言って膝の子供を床に降ろした…が泣き出したのでとりあえず持ち上げて肩のところに乗せておいて、彼の方に向かった。
 肩の子供は高いところが気に入ったらしく、きゃっきゃっと天井に手を伸ばしている。
 「リハビリ…終わったのかい?」
 「じゃなきゃ来ねぇだろ」
 「迎えに来てくれて、嬉しいよ」
 思い切って言ってみたら、彼は否定はしなかった。
 「部屋に帰る?それとも、一緒に弾くかい?」
 「…お前は、俺の世話に来たんだろうが」
 怒ったように言ったので、僕は肩の子をお母さんに返した。
 振り返ってじーっと見ている子供たちに、分かりはしないだろうが、真面目に言った。
 「…ごめんね、僕は、彼のために来てるから。…君たちが、ピアノを好きになってくれると、嬉しいな」
 彼を抱き締めながら言ったので、何となく分かってくれただろうか。
 腕の中でじたばたしていた彼は、子供たちに向かって何か叫んだ。
 えーー!?と言うようなブーイングが起きたが、彼は僕の腕を掴んでエレベーターホールにすたすた歩いていった。
 僕は振り返って手を振ったが、振り返してくれたのは数人で、他の子供たちは自分たちでピアノに向かっていた。
 エレベーターに乗って下に降り、部屋に帰りすがら彼に聞いてみた。
 「ここはロゼッタの関連だって聞いたけど…子供たちも、ロゼッタの関係者なのかい?」
 「まさか。あれは、地域貢献の一種。入院してんのも、全員ロゼッタ関係ってわけじゃねぇし」
 「…あぁ、なるほど…」
 まあ、ロゼッタの関係者だけが入院するのなら、こんなに大勢いるはずない。普通の人間が数ヶ月かけて治すところを数日で治してしまうのだから。
 実際、彼の歩みも、一見まるで普通に見えた。
 本当に、後少しなんだろう、この入院生活も。
 
 昼食を終えてしばらくすると、いつもの医師がやってきて彼を診察した。
 「…ふむ、もう良いようだね。退院だ」
 …予想はしてたけど、早いなぁ…。
 「本部には連絡しておくよ。まあ、1週間もすれば、新しい任務が来るだろう。お友達は、それまでに帰しておくように」
 そういえば、本当は一般人には職業がばれないように、とか言ってたっけ…全然守ってなかったけど。
 僕はただの…妙な力は残ってるけど、たぶんただの…一般人だし、彼にお咎めが無いと良いんだけど。
 彼はふて腐れた顔になりつつも僅かに頭を下げた。
 医師が出て行ってから、荷物をまとめ始めたので、僕も自分の荷物をまとめる。まあ、大して無いけど。
 そうして、彼が何も言わずに部屋を出ていくので、僕も黙って付いていった。
 看護士さんに挨拶をして、そのまま病院を出ていくので、さすがに聞いてみた。
 「あの…お金は?」
 「ロゼッタで精算するから」
 なるほど。
 そして、彼が歩いて敷地から出ていって、やはり歩いて道路を渡っていったので、僕も半歩遅れて付いていった。
 30分ほど歩いただろうか。
 建物の中に入っていく彼の後を、当然僕も入っていく。
 受付に手を挙げて、右に折れて窓口へ。
 彼はそこで何か話してから、僕を振り返った。
 「で?早ければ今日の夜、出発する便があるし…もっと遅らせてもいい」
 出発する便…あ、飛行機の話か。ということは、ここはロゼッタのチケット窓口なのか…凄いな。
 僕は帰り、彼は任務に就く。
 アラビア語も分からなければ、どこでチケットの手配をしたら良いのかも分からない僕だから、彼が手配してくれるのなら、それに越したことは無いんだけれど。
 「…君は、どう思う?」
 僕は、あえて、彼に意見を聞いた。
 彼は何度か瞬きをしてから、胸を反らして横柄に言った。
 「そりゃ、急ぐんじゃなきゃ、明日か明後日でもいいだろうよ。エジプトくんだりまで来ていながら、ピラミッドの一つも見てねぇなんて知られたら、俺の評判ががた落ちだぜ」
 「…僕は、君に会いに来ただけだから、そこがエジプトだろうがシベリアだろうが、どうでもいいんだけど…」
 一応反論しておくと、彼の眉が上がった。
 腕を組んで面倒くさそうに言う。
 「なら、今日帰るのか?チケット取るんなら、取れるし、ま、一応世話になったんだから、空港までは送ってやる」
 僕は、ことさらゆっくり、彼の顔を見つめた。
 彼が居心地悪そうに何度か重心を移動する。
 「…君が、決めて」
 「あぁん?自分じゃ決められねぇってか、情けねぇ」
 「…そうだね、情けないね。…でも、君が、決めて」
 じろりと殺気を込めて睨まれたが、僕は彼を見つめ返した。
 このくらいの意地悪は許されると思う。
 「君が、決めて。…このまま帰れ、と言うなら、僕は従う。…もしも、そうじゃないなら…」
 僕は乾いた唇をぺろりと舐めた。
 「…一緒に、いてくれる、と言うなら…自分がもう怪我人じゃない、と言うことも考えた上で、君が、決めて」
 窓口の人が聞いているのを考慮に入れて、遠回しに言ったつもりだ。
 もしも、僕と一緒にいることを選ぶのなら、僕は彼に好かれていると判断し、手を出す。
 たぶん、ちゃんと通じている。
 彼は動揺しているのを隠すように、まるで体中の毛を逆立てて威嚇している猫のような雰囲気になっているから。
 けれど、僕が殺気をどこ吹く風と平然と受け止め、ひたすら見つめていると、彼はくるりと窓口を向いた。
 僕には分からない言語でいくつかやり取りした後、そこに置いてある電話で何か話し、また窓口で相談。
 振り向いた彼は、ぶっきらぼうに吐き捨てるように言った。
 「4日後に、ロゼッタ専用機が北海道に発つ。余計な乗り換えがねぇ分、安全だろ。お前は、準関係者ってことで認められたから、それ使うのが一番安全だ」
 「…安全、ね…」
 「何だよ、文句あんのかよ」
 「うぅん、お気遣い、大変ありがとう」
 安全だからそれを奨めてます、と言い張る彼に、くすりと笑うと、結構本気で蹴りを繰り出してきた。
 それを脇腹で捕まえて、眉を顰めながら忠告する。
 「…まだ、蹴りは止めておいた方がいいんじゃないかな…膝、痛まない?」
 「平気だっつーの!離せ!」
 ぱっと離すと、彼は唸りながら床に置いてあった自分の荷物を持ち上げた。
 「とにかく。ここにはハンター用の宿泊施設があるから。とりあえずここを拠点に観光すりゃあいい」
 「…スイートルームはあるのかな…」
 「あるかっ!」
 怒鳴って歩き出した彼の半歩後ろを僕も付いていく。
 エレベーターで上がっていき、ホテルのような階を歩いて部屋に入ると、シングルベッドが二つ並んでいた。
 「サニタリーはちゃんと各部屋に付いてるし、冷蔵庫もスイッチ入れりゃ動くはず…って、何にやけてやがる、気色わりぃ」
 「…うん、やっぱり、君は僕の天使だと思って」
 「気色わりぃっつってんだろうが!」



 その後。
 ロゼッタ専用機とやらで帰る僕は、彼が言うほど経験者で無いことを確信していた。
 口づけ一つ、愛撫一つで「気色悪い!」と叫ぶのでは、たいていの人間は挫けるだろう。
 どうやら、その「気色悪い」は、実は反応している自分が気色悪いらしいと気づいたので、僕は平気だけれど。
 「いや、お前、普通、これだけ気持ち悪いって罵られたら嫌いになるだろ。マゾかよ」
 「…うーん、そうだね…その<気持ち悪い>相手に何度もいっちゃう、君ほどじゃないかな…」
 「殺すぞ、てめぇ!」
 まあ、そんな具合で。
 たぶん、彼は僕に嫌悪の言葉を吐き、罵りながらも、また「来い」とメールをしてくるのだと思う。
 そうしたら、僕はまた、彼の嫌がる言葉をたくさん降らせよう。
 きっとそれで、お互い様、だよね。






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