風と水と 11




 僕はベッドに転がって、天井を見つめながら溜息を吐いた。
 何だか、予想したのと違う展開になっている気がする。
 はっちゃんは、僕が思っていた以上に、僕のことが好きらしい。…いや、そう言うと、すごく良いことのような気がするけど…実際は、辛いばかりだ。
 以前なら耐えられたはずの接触でさえ、もうこの気持ちを知られているのだと思うと、ふと気が緩んで、欲を出したものになりそうで、今日はひどく神経を使った。
 頭の芯が、何となく重い。
 今日は、ゆっくりとお湯に浸かって、神経を解した方が良さそうだ。
 そう思っていても、何だか億劫でただ溜息を吐いていると。
 とんとん、とノックの音がした。
 「…はい」
 のろのろと起き上がってドアを開けると…はっちゃんがいた。
 反射的にドアを閉めかけたが、もうはっちゃんは腕を通していたので挟み込む寸前に力を緩める。
 「あー、びっくりした。取手、ひでぇ」
 開け直した僕の腕の下をくぐるようにして、はっちゃんは僕の部屋の中にするりと入り込んだ。
 「…はっちゃん」
 何度言えば分かるのか。
 僕は、二人きりでいたくない。
 しかも、僕の部屋で二人きりなんて…本当に、何をしでかすか分からないのに。
 「あのね、襲われに来てるのかい?」
 「まさか。…いや、その、言いにくいんだけどさ」
 はっちゃんは気まずそうな顔になって、僕にHANTを差し出した。
 「…うちの連中が、取手と話がしたいって言ってるんだけど…いい?」
 ………はい?
 うちの連中…って…いつもの会話から判断するに、はっちゃんの家族やその親族で、やっぱり<宝探し屋>の人たちのことだとは思うけど…。
 それが、何故、僕と?
 はっちゃんは、ますます決まり悪そうにもじもじしてから、HANTを引っ込めた。
 「あ〜その〜つまり、ね?俺一人じゃ、よく分からなかったので〜…人生の先輩にアドバイスをば…」
 僕は頭を押さえた。
 つまり、男同士の恋愛だとか、そういう感情への対処法とか、教えを請うた、ということなんだろうか。
 「…あのね、はっちゃん…」
 「ごめん、いや、自分で考えるのが筋だとは分かってたんだけど…その〜…すっごく煮詰まってきちゃってぇ…」
 てへっという効果音が付いていそうな顔で僕を見上げ、サイドテーブルの上にHANTを置いた。
 「あの、取手が、すっごくイヤなら、駄目だって言うから。…俺としても、何を言い出すか分かんないところがあるし」
 …とか言いながら、操作しているのは何なのだ、と言いたい。
 はぁ、と僕が溜息を吐いている間に、はっちゃんはちゃかちゃかとキーボードを打って、僕を振り向いた。
 「ということで、マイクこの辺、画像無し。…駄目?」
 「…あのね、はっちゃん…」
 が、僕が言いかけたとき。
 HANTから陽気な声が流れてきた。
 「ハッロー!葉佩九龍の父でーっす!」
 「九龍の姉でーす!」
 「あっ、てめぇ、見えないと思ってサバ読んでんじゃねぇよ!」
 「あっはっは、九龍のママンでーっす!おーい、取手くん、そこにいるのー!?」

 とりあえず、呆然。
 はっちゃんが真っ赤な顔でHANTに怒鳴った。
 「もうちょっと行儀良くしろよ!俺が恥ずかしいだろ!?」
 「何だよー、九龍ちゃん、さっさと取手くんと代われよー」
 「取手は奥ゆかしいんだからな!お前らみたいなテンションは辛いんだぞ!…つか、マジで、何の話がしたいんだよ」
 「いいから代われって〜」
 声は、中年の男性と女性。でも、更に背後から数人の声ががやがやとしている気がする。
 本当に、一族、なんだろうか。
 <宝探し屋>の最中じゃないんだろうか…。
 まあ、ともかく。
 僕は、覚悟を決めて、はっちゃんの肩を押し、HANTの前に正座した。
 「…初めまして。取手鎌治です」
 「えーっ!?何だって〜!?聞こえねぇよ!しっぶい声してんなぁ、お前!」
 僕は一度大きく息を吸って、なるべく大きくはっきりした声で繰り返した。
 「初めまして。取手鎌治です」
 「やーん、ちょっと色っぽい声じゃなーい?」
 「確かに、声も色男だなーっ!」

 …何なんだろう、この人たちは…。
 横にいるはっちゃんが、心配そうに僕を見ている。
 「…何か、御用でしょうか?」
 「おー、それそれ!九龍からはよ、お前さんのこたぁ聞いてるよ!何でも背が高くてハンサムで優しくて頼り甲斐があって…」
 「ちょっ…そ、そんなことは、どうでもいいだろ!」
 耳元で叫ばれて、ちょっと頭が痛くなる。
 僕はこっそりとこめかみを揉みながら、なるべく平静に割り込んだ。
 「どなたか、別の人の話じゃないでしょうか。…僕は、むしろ、ば…」
 <化け物>と言いかけて、ロゼッタには<人外>もいる、と聞いたことを思い出す。
 仲間に<化け物>がいるのなら、<化け物>という言葉は不愉快だろう。
 「僕は…いびつ、ですから」
 「はぁん!?九龍は、そうは言ってねぇけどな!何せのろけてんのかってくらい、取手はいい男だの運動神経が良いだの世界的ピアニストになるんだだのと自慢タラタラだったからな!」
 「親父〜!いい加減にしろーっ!」
 はっちゃんの顔は真っ赤だ。
 …否定しないってことは、本当に言っていたんだろうか…自分で言うのも何だけど、それはかなり偏った情報のような…。
 「うふふ、惚れた欲目ってやつかしら」
 「ほ…惚れてねぇし!だって、取手は、誰が見たってかっこいいんだってば!」
 ………誰が見たって、いびつだと思うけど………。
 「あ〜もう九龍どけよー、俺らは取手くんと話がしてぇんだから!」
 「…ここにいます」
 「あ〜、取手くんよ。…マジで、うちの九龍にプロポーズしたのか?」
 「プロポーズ、ですか?」
 …ちょっと違うような。
 プロポーズ、だと、恋人になってくれ、だけど、僕はむしろ、逃げてくれ、と言ったような。
 「いえ。はっ…九龍くんが、恋人になってくれるとは思っていません。彼は、ノーマルですから」
 「あぁん?お前さんは、ノーマルじゃ無いってか?」
 「さぁ…人を好きになったのは初めてですので、傾向は分かりませんが。…でも、僕が九龍くんを抱きたいと思っているのは事実ですから」
 「言い切った!親に向かって言い切ったぞ、こいつ!」
 …向こうの背後から、うおーとでも言うようなざわめきが聞こえた。
 あっちも、通話は周囲に聞こえている状態なんだろうか。
 「親御さんからも、九龍くんに言ってあげて下さい。…こんな男の近くにいるものじゃない、って」
 「お前、何諦めてんだよー、頼りねぇなぁ!どーん!と僕に任せて下さい!とか言えねのかよー」
 …どういう人たちだ。
 こういう人たちに囲まれて育ってきたのなら、はっちゃんが少々常識外れなのも分かる。
 「言いません。…僕の存在は、彼にとって、よくないものです」
 「はぁ!?かーっ!聞かせてやりてぇなぁ!うちの九龍が、あーんなに嬉しそうに<友達>ができたー!って言ってたところをよぉ!」
 「そうなのよねー!九龍ってばあんまり同年齢の子と遊ぶ機会が無かったものだからー!」
 「だから、おまえさんには感謝してるんだがなー!」

 「…ですから、それは<友達>だった時でしょう?僕は、もう<友達>ではいられませんから」
 何となく。
 この人たちは、基本的にはっちゃんと同じで、僕の言うことを根本的に理解できてないんじゃないか、と恐ろしい徒労感に襲われた。
 「一応聞いておきてぇんだがな!」
 そこで父親とおぼしき人は、声を潜めた。
 そうすると、やはりはっちゃんにちょっと似ている。
 「…お前さん、九龍のちんぽこを咥えてぇ、とか思うわけ?」
 どういう反応を期待しているんだろう…。
 僕ははっちゃんが怒鳴り出す前に抱え込み、手のひらで口を覆った。
 「そうですね。しゃぶりたいと思います」
 「言い切ったーーっ!!」
 向こうのざわめきが更に大きくなった。
 僕はやけくそで、半ばはっちゃんに聞かせるつもりで、続けた。
 「射精したら、飲んでも良いし…出来れば、僕のものも咥えて欲しいですね。もちろん、一番の願いは、お尻に入れることですが」
 はっちゃんがじたばたしているが、僕は腕の力を込めて押さえ込み、耳元に囁いた。
 「…そういう男の部屋に、来ないで欲しいな。…いい加減、自分の身の危険に気づいて欲しいんだけど」
 「うっわー!マジゲイだぜ、こいつ!やーい、ホモーホモー!」
 …やーいって…小学生じゃ無いんだから…。
 「そういうことになりますね。ですから、九龍くんには、離れて欲しいんですが。僕の理性が保っている間に」
 「はー、理性ねぇ。…さて、と。取手くん。ちょっと九龍に代わってくれるかい?」
 「分かりました」
 僕は手を離した。
 はっちゃんは真っ赤な顔で唸ってから、飛びつくようにHANTに向かった。
 「糞親父〜!いい加減にしろよ!取手のことそれ以上馬鹿にしやがったら、縁切るぞ、てめぇ!」
 「あ〜、はいはい、ちょっと待ってな。…マジだと思う人〜」
 声が少し遠くなったのは、たぶん背後の人たちに向かったのだろう。
 「やぁ、喜べ、九龍。7対0で取手くんはマジだという結論に達した」
 …7って何だろう。そこには7人もいるんだろうか。
 「マジって何が!?マジゲイだとか言い出したら、一族全員絶交だからな!」
 「や、そうじゃねぇって。いや、俺らだって、コレで結構心配してたわけよ。お前、人間関係に疎いから、遊ばれてんじゃねぇのって。お前、見た目はちぃっとちっこくって可愛いからなぁ」
 ちぃっとじゃなくて、だいぶ可愛いけど。
 「けど、まあ、どうやら取手くんは、遊びじゃなく、お前さんにマジ惚れしている、という結論になったわけだが」
 「そっちで勝手に結論付けるなぁっ!」
 「で、お前はどうよ?」
 …基本的に、人の話を良く聞かない一族なんだな…。
 「お前、取手くんにしゃぶって貰ったら、どんな気がすると思うよ?」
 はっちゃんが、絶句した。
 そりゃそうだろう…。
 けれど、はっちゃんは真面目に考えたらしく、僕の口をちらっと見上げた。
 …そんなの、想像しない方がいいと思うけど…。
 「ばっばっばっ馬鹿野郎!何、考えてんだっ!このエロ親父!」
 「はいはい、エロ親父、ね。…じゃ、次。取手くんのちんぽこを咥えたら、どんなだと思うよ?」
 …今度ははっちゃんの視線は下に向かった。
 素直って言うか何て言うか…。
 「いや、絶対、無理だから」
 妙に冷静な声できっぱりと言い切る。
 「俺の顎が外れる。あるいは、噛んじゃう。…すっげーんだぞ、取手の!リチャードのより長いんだから!」
 「うっそ、マジ!?リチャードよりってどんだけでかいんだよ!」
 「きゃーっ!ちょっと見てみたーい!」

 「いや、太さはちょっと負けてるかなーとか思うけど。でも、とにかく長いの!」
 …いや、そんなに自慢そうに言われても。
 というか、僕のものを、そんなにしっかり観察してたのか…。
 ぎゃあぎゃあと向こう側が騒がしくなってから。
 「で、だ。九龍、たとえば、和生のを咥えたら、どんな気がするよ?」
 「和生のを!?げーっ!冗談じゃねぇよ!咥える前に吐き出すっての!無理矢理されたら、食いちぎってやらぁ!」
 「じゃ、リチャードにお前のをしゃぶられたら?」
 「うっわ、サイテー!んなもん、迫ってきた時点で蹴り倒すっつーの!」
 …どうでもいいけど、だんだんはっちゃんの口調が乱暴になってきている気がする。
 家族内だと、こんな喋り方なんだろうか。いつもは、あれで一応気を遣っていたんだろうか。
 そんなことをぼんやりと考えていると、不意に静寂が訪れていたのに気づいた。
 何だろう、切れたのかな、と考えていると、HANTから一段と大きな波のような声がしたので驚く。
 「うおー!おめでとー!」
 「おめでとう!おめでとう!」
 「今夜は祝杯だ!」

 …訳が分からない。
 はっちゃんも、口を開けたまま目を丸くしている。
 「いやー、良かったな、取手くん!脈ありだ!」
 「…はい?」
 「じゃ、今度九龍と一緒に遊びに来てくれよ!息子婿として歓迎するぞ!」
 「あっはっは、息子婿だってー!」
 「だって、娘婿じゃねぇだろ」
 「あたしは、息子が二人になって嬉しいけどー」
 「で、取手くんは、<宝探し屋>行ける方?」

 …展開に付いていけない…。
 呆然としていると、はっちゃんが立ち直ったのか叫んだ。
 「何、勝手なこと言ってやがる!取手は世界的ピアニストになって、みんなを幸せにするんだからな!日陰の道に引きずり込むんじゃねぇよ!」
 …いや、突っ込むべきは、そこじゃないような気がするんだけど。
 「九龍、いい加減、自覚しろよー。取手くん、こんな鈍い奴だけど、息子をよろしく!あんまりでっかいちんぽこで泣かせてくれんなよ!」
 「…いえ、ですから…」
 「九龍〜!知りたかったら、男のいかせ方、教えてやるからな〜!」
 「あっ、じゃあ、僕は取手くんに、穴の広げ方教えた方がいいかなっ」
 「ま、そういうわけだから!困ったらいつでも連絡しろよ!じゃあな、九龍!」
 「頑張ってね〜!」

 ぷつん。
 HANTが切れた。
 はっちゃんの神経も切れたらしい。
 「…こんの、くそぼけ一族がああ!」
 HANTを乱暴に掴んで壁に向かって投げつけたのを、僕は腕を伸ばしてキャッチする。
 商売道具に当たるのはよくないし、何よりこれははっちゃんにとって大事なものだ。
 今、渡したらまた壊すだろうか、と手に持っていると、はっちゃんは頭を抱えて机に突っ伏した。
 「…何なんだ、何なんだ、あいつらは…」
 いや、それは僕のセリフだと思うけど。
 7人中、女性は2人、男が5人。比較的若い声から中年までいて、どうやら日本人じゃない発音の人もいた。一応、全員日本語で喋ってくれていたけど。
 あれが、はっちゃんの<うちの連中>なんだろうか。
 僕の考える<家族>とは何だか違って…<チーム>とかそういう単語に近い気配がした。
 「…あの人たちは、全員、親戚?」
 「んなわけあるか!…あ、そう思われても仕方ねぇか」
 はっちゃんはまだ少々乱暴な口調でむすっとした顔を上げた。
 「俺の両親、その友達、父方弟と…その恋人、父親の従兄弟とその娘」
 …女性は二人だったんだけど。
 ということは、<その恋人>が男になるんだけど…まあ僕が突っ込める立場じゃないか。
 「どうせ、ホモだのレズだの早死にだので養子だの赤の他人だのが入り混じってるから、<葉佩>の一族ったって、たぶん初代からは全く血は繋がってないと思うけど。でも、一応、<葉佩>を名乗ってる一族だよ」
 「血は繋がってないって…」
 「親父からして、じいちゃんの養子だったらしいからなぁ。…一族全員となると、もう俺にも把握できない関係になるんだよなぁ」
 あれで全員じゃないのか…まあ、そう言われれば当たり前のような気もするけど…でも、あれが30人くらい集まったりしたら…さぞかし壮絶な…。
 想像してちょっと頭が痛くなった僕を、はっちゃんが心配そうに見上げた。
 「ごめんなー。まさか、一族かかって取手をからかうとは思ってなくて…ホント、ごめん。気ぃ悪くしたよな…口の悪い連中でさぁ…」
 「…はっちゃんを、心配しているのは、確かだと思うけど」
 「心配ぃ?そんな玉かよ、あいつらが!」
 僕はこめかみを揉みながら、会話を反芻していた。
 騒がしくて冗談ばかり言っているように思えたけれど…時折本気の声が混じっていた。
 どうやら、僕は人物像を試されたらしい。
 最後の会話を聞くに、どうやら合格したらしいけど…何が何だか。
 というか、合格させてどうするんだろう。僕が息子を汚してもいいって言うんだろうか。
 でも、たぶん。
 あの下品な会話の意図は。
 はっちゃんは反射的に答えていたから、それははっちゃんの深層意識の現れだと思うけど。
 …他の男…まあ、親戚にあたる、とか、見たことはないからすっごくむさい男なのかも知れないが…とにかく他の男には拒否反応を示すはっちゃんが、僕が相手なら、全くの拒否ではなく多少はそういう関係を考えられる、つまり「脈がある」、そう僕に伝えたかった…ような。
 希望的観測に過ぎるだろうか。
 そもそも、はっちゃん本人は、全くそんなつもりは無いようだし。
 頭が痛い。
 考えるのは止めておこう。
 はっちゃんも<風>、それも<突風>だと思っていたけれど、あの人たちは<嵐>だ。
 とてもじゃないが、付いていけない。
 僕は、少し落ち着いたらしいはっちゃんにHANTを渡した。
 受け取った瞬間にHANTが鳴ったのでお互い驚く。
 はっちゃんが慌てて開くと、ついさっきまで聞こえていた声がした。
 「よー、九龍、一つ言い忘れたけどよー」
 「…何だよっ」
 「取手くんとセックスするなら、お仕事が終わってからにしろよ?もうじき任務完了だろ?<宝探し屋>たる者、いつでも体調は万全にしておかねぇとな!」
 「んな初歩の初歩、今更…っつーか、セックスするの前提で話をしてんじゃねぇっ!」
 「ケチケチすんなよ、男の癖に」
 「ケッ…ケチケチって…何じゃあそりゃあ!」
 ぷつっ。
 HANTが切れた。
 はっちゃんの肩がぷるぷると震えている。
 また怒鳴り出すかHANTを投げるかされる前に、僕はぽんぽんとはっちゃんの頭を叩いた。
 少しずつはっちゃんが落ち着いてくる。
 「…もう、何なんだよ…」
 はぁっと息を吐いて、はっちゃんは顔を上げ、更にもう一度深呼吸した。
 「ごめんなー、取手。迷惑かけて」
 怒り疲れたのかどこか焦点の合わない目で僕を見上げ、それからHANTを手に立ち上がった。
 「邪魔したなー」
 歩き方もよろよろとしていたので、僕も釣られて立ち上がった。
 「…送っていこうか?」
 「いえ、いいです…あーもう、風呂入って、寝よっと」
 「…あ、今からお風呂に?…じゃあ、僕は止めておこうかな…」
 独り言のつもりだったが、はっちゃんがじろっと僕を睨んだ。
 「何、それ。そんなあからさまに避けられると、傷つくんですけど?」
 「…あのね…」
 本当に、想像力ってものが無いんだから…。
 僕は小さな子に言い聞かせるように、ゆっくりと発音した。
 「僕は、君が好きで、抱きたい。…と言うことは、君の裸を見ると、とても危ない状況に陥るんだけど」
 はっちゃんは、ゆっくりと首を傾げた。
 んー、と呟いて、逆方向に首が傾く。
 それから、自分の体を見下ろして、困惑したように僕を見つめた。
 「どう見ても、男の体で、色気も糞も無いと思うんだが」
 「世間一般的にどうあれ、僕にとっては欲情の対象だっていうのを、いい加減理解して貰いたいんだけど」
 「そうは言われてもなぁ…とてもそうは思えないし…」
 あぁもう、本当に。
 ひょっとして、理解するべき脳の一部がどこか壊れてるんじゃないだろうか。
 相当失礼なことまで考えながら、僕はどうせ出来もしないことを言ってみた。
 「じゃあ、一緒に行って、僕が反応するところでも見るかい?」
 …何故、そこで考え込むのかな…。
 はっちゃんは難しい顔で腕を組み、僕の下半身を見つめて、それから天井を見て、そしてまた下半身に向けた。
 「うーん…試してみたい気はするけど」
 …止めて。
 「他の奴に見られたら、何言われるか分かんないもんなー。取手に悪い評判が立ったらイヤだし」
 たぶん、すごく今更だと思う。
 「いやー、ちょっと見てみたいんだけどなー。取手のってすっごい大きいのに、本気になったらどこまででっかいのかーとか」
 「…それを見る機会があるとしたら、それは君にとって非常に危険な状況だと思うよ…」
 あぁ、頭が痛い。
 何故そこまで僕が警告してあげなくちゃならないんだろう。
 それでもはっちゃんは、まだ何か不思議そうな顔で考えていたが、ようやく理解したのか不意に真っ赤になった。
 「…あ〜…じゃあ、俺は、今から風呂に行くから。…30分くらいで出るから、取手が入るなら、それ以降にすればいいや」
 「うん、おやすみ、はっちゃん」
 「おやすみ、良い夢を」
 「…一応、言っておくと、僕にとっての良い夢は、君を抱いている夢なんだけど」
 はっちゃんが、扉にごんっと頭を打ち付けた。
 そのままの姿勢でしばらくいてから、やっぱり扉に向いたままで呟く。
 「…それでも、悪夢よりは、良い夢見て欲しいんだよな…つーか、見た夢の内容を言われなきゃ、俺には直接関係無いし」
 「関係は、非常に密接だと思うけど」
 「…さいですか…」
 はっちゃんはそれ以上何も言わずに僕の部屋から出ていった。
 しばらく耳を澄ませてから、ドアに鍵をかける。
 はっちゃんが来る前と同じく、ベッドの上に大の字になって天井を見つめる。
 けれど、気持ちは全く違っていた。
 どうしようもない倦怠ではなく…じわり、と胸に温かいものが沸き上がるのを感じる。
 はっちゃんは、可愛い。
 何だか…僕の欲情を理解していないはっちゃんに苛立っていたが、性的なことをはっきり告げると戸惑ったり恥ずかしがったりする姿を見ると、何だかすごく…もっと虐めたくなった。
 まずいなぁ、と思う。
 ただでさえ、はっちゃんは僕のものでさえ無いのに…意地悪をしたくなるなんて。
 「…取手は、意地悪だ」
 はっちゃんの声が耳に甦って、思わず微笑む。
 可愛いなぁ。
 しみじみ思う僕は。
 やっぱり、どこかおかしいのだと思う。






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