美少女ハンター 葉佩九龍 5
整頓されてはいるが積み上げられた箱の中身を聞くのは怖い、というくらい収納に埋め尽くされた部屋で、皆守と取手と朱堂は葉佩の報告を聞いていた。
「…と言うわけで、ロゼッタの方たちからの連絡によりますと、その城に出る幽霊は金髪の少女、ということでした。たぶんは、その方が憑いていらっしゃるのではないかと」
葉佩はヘラクイオンの遺跡に向かう前にドイツの古城で仕事をしていた。と言っても、単独ではなく先輩のバディとしてだが。
その城には幽霊が出るとは事前に聞かされていたが、ごく普通に何事もなく仕事を終え、肝試しと称して葉佩だけ城の寝室で寝かされたのである。
そのまま先輩は別の仕事へ向かい、葉佩には初単独任務であるヘラクイオンが与えられ、先輩とはメールで連絡したのみで顔は合わせずに現地に向かった。
たぶん、そこが怪しい…というか、そこしか無い。
トトによると、サラーからの手紙には、「お前と同じくらいの年齢の美少女ハンターが」などと書かれていたらしいし。
「わたくしには、その幽霊は見えませんでしたし、今も見えませんし…」
写真には本人しか写らないのである。葉佩としても、金髪美少女の胸…もとい顔を見たいのは山々なのだが、直接見るのは諦めた。
ちなみに、皆守にどんな風に見えるか描いてくれ、と頼んだが、頼んだ瞬間あのつちのこが思い出されて、絶対不正確間違いない、というか幽霊を怒らせること請け合い、と気づいたので自分で取り消した。
「その幽霊なんだけど、どんな噂だったの?取り殺されるとか?」
「ええと…泣いている声が聞こえる、というものが圧倒的ですわね。それから…襲われた、という証言もありますわ」
「幽霊、ねぇ」
胡散臭そうな顔で皆守が葉佩の顔を改めて見つめた。
本来は男子学生で、幽霊がコーティングしてこの金髪美少女になっている、と説明されても、見た目はまるっきり生きた少女なのである。そうそう納得できるものでもない。
「何がしたいのかしらねぇ、その幽霊。わざわざダーリンに付いてくるなんて、何か伝えたいことでもあるのかしら」
「分かりません…土地の言い伝えによると、病死した領主の娘の幽霊では無いか、と言うことですが…」
何せ葉佩には全く霊感が無い。
ひょっとしたら取り殺されている最中なのかも知れないが、全くこれっぽっちもダメージは受けていないのだ。
まあ、見かけが美少女になっているらしいという精神的ダメージは置いておいて。
冷静に考えれば、これ以上はない擬態とも言えるのだが、自覚はないとはいえ他の人間の目には美少女に見えている、という状況は激しく嫌だ。身の危険も感じるし。
何より…バディの男たちが自分を恋愛対象として見ているようなのが申し訳ない。
「その寝室で、寝ただけなんだよね?何か幽霊を怒らせるようなことをした覚えは無いのかい?」
「わたくしに覚えはございませんわ。ひょっとしたらその部屋がその美少女の寝室だったのかもしれませんが…そりゃ『お化けなんて無いさ、お化けなんて嘘さ』って歌は歌いましたけれど…そのくらいで取り憑かれるものでしょうか」
うーん、と取手は首を傾げた。確かにそのくらいで憑いてたらしょっちゅうどこかに行かなくてはならない。
しばらくああでもないこうでもない、と4人で言い合っていると、ふと葉佩が顔を青ざめさせて黙り込んだ。
視線に促されて、葉佩は重苦しい口調で溜息のように呟いた。
「…今、わたくし、ものすごく嫌な想像をしてしまいました」
「何?」
「ジゼルってご存じですわよね?」
音楽に造詣の深い取手はもちろん、乙女趣味の朱堂も頷いた。皆守だけが微妙な表情をしていたが、思いやる余裕もなく葉佩はのろのろと続けた。
「領主の娘は、結婚直前に病死したと伝えられていますの。…まさか、とは思いますが…それで幽霊として残ってるとしたら…」
「愛する男性と結ばれたいがためにこの世に残ったってことなの!?ぎゃあ!ロマンティックだわぁ!」
頬に手を当てて身をくねらせる朱堂から目を逸らしながら、皆守はようやく理解した、というような顔になり、瞬時に顔色を悪くした。
「するってぇと、何か。男とやるってのが成仏の条件ってことか?九ちゃん」
葉佩はぐっと自分の胸を掴んで突っ伏した。
「…勘弁して下さいましぃ…それはとっても勘弁して下さいましぃ…」
「あ、今のは『勘弁しろ、超勘弁しろ』って言ったんだね」
にこっと嬉しそうに笑って、取手は葉佩の顔を覗き込んだ。
目を閉じて耳を澄ましていると、時々葉佩自身の声が聞こえるのだ。少女の声の50分の1程度の大きさであるため、取手以外の人間には聞こえないようだが。
今もかすかに本人の声を聞き取れたことに喜んだ取手だったが、うっすら涙ぐんでいる葉佩を見て顔を曇らせ、ぎゅっと手を握る。
「そうと決まったわけじゃなし、そんなに気にしないでも…」
「ですが…もし本当にそんな条件だったりしたら…わたくし…わたくし…」
取手の手を握り返した葉佩の目から、大粒の涙がぽろりとこぼれた。
「そりゃ皆様はよろしいですわ、見えているのは金髪の美少女なんですものね…仮にわたくしを抱くとして…おぉ、おぞましい…美少女を抱いている感覚になるのでしょうけれど、わたくしはわたくし本人でしかないのですから…絶っっ対に!イヤですわ!!」
「…絶対に?」
「えぇ、絶対に!仮に一生見かけが美少女だとしても、絶っっ対!に!!」
「それは残念だな」
心底真面目な顔で相づちを打った取手に、は?と間抜けな顔を向ける。
苦虫を噛み潰した表情で皆守は、おい、と突っ込んだ。
「取手、まさか、お前、立候補しようってんじゃないだろうな」
「え?だって、どうしても誰か、って言うなら、是非僕にって思うよ?皆守くんは思わないの?」
どうやら本人はおかしなことを言っている自覚は無いらしい。
さらっと話を振られて、皆守はぐっと詰まった。
そりゃ、葉佩は可愛い。少なくとも今の外見は。
立ち居振る舞いは今や絶滅した大和撫子のようであるし、性格だって悪くない。少々リアリストに過ぎるが。
正直言って、惹かれているという自覚はある。
だが、男である。
七瀬と体が入れ替わるというとても信じられない状況の時に、美少女の霊は葉佩の精神…外見七瀬の方に憑いたため、七瀬の入った葉佩本体を存分に観察できた。七瀬が中に入って行動が女性っぽかったが、それを加えてもどう見ても男以外の何物でもなく、恋愛の対象にはなり得ない。
あれさえ見なければ、自分だって立候補したかも知れない。
しかし、仮にやってる最中に元に戻ったりなんかしたら、一生トラウマになりそうだ。阿門に捧げても足りないほどのでっかいトラウマに。
「お前だって見ただろうが。九ちゃんは男だぞ?」
「うん、可愛かったよね。僕、はっちゃん本人とでも出来ると思うな。…うん、大丈夫」
「ま、負けたわ…取手鎌治…おそろしい子…!」
白目を剥いている朱堂を横目に、葉佩は固まっていた。
どう反応して良いのか分からない。
ここは礼を言うべきなんだろうか、それとも気持ち悪がるべきなんだろうか。
「だから、ね」
取手がぎゅっと手を握って、こつんと額を当てたので、葉佩は悲鳴をあげる直前の顔になった。
「どうしても…本当に、どうしてもそれしか方法が無いのなら、喜んで僕が協力するって、覚えておいて。…でも、まだそうと決まったわけじゃなし、そんなに怯えなくても大丈夫だよ。ね?」
取手の優しい声に、体の力を抜く。
少々ずれているが、取手なりに慰めてくれようとしているらしい。
「そ、そうですわね…わたくしとしたことが、取り乱してしまいましたわ…と言っても、全く事態は進展していないことに違いは無いのですけれど」
がっくり肩を落とした葉佩の背をとんとんと叩いて、取手は先ほどまでと違った淡々とした口調で言った。
「ルイ先生に聞いてみたけど、ルイ先生にはまるっきり元のようにしか見えていないみたいなんだ。僕たちには金髪美少女に見えてるって聞いて、面白がってたし」
「あぁ、そうですわね、どうやら<氣>を直接見ることに慣れていらっしゃるようで、邪気は無意識にシャットアウトしているのかもしれません」
取手に釣られて立ち直った葉佩は乱れた髪を指で整えつつ座り直した。一見、綺麗に膝を揃えて斜め20度というモデル座りだが。
「今から思えば初対面での白岐さまの『貴方は呪われているわ…』は正鵠を射ていたのですけれど…でもどうやら祓うところまではいかないようですわね」
「…この学園には、もう一人、それ系の奴がいる」
皆守が嫌そうな顔でぼそりと言った。
きょとんと見上げる葉佩に、しばし悩んでから渋々と付け加える。
「前に会っただろう。生徒会役員、会計の神鳳だ。イタコの家系でな、幽霊だの呪詛だのに詳しい…んだが…」
「へぇ、よく知ってるね」
「あら、充ちゃんってばイタコだったの?それは初耳だったわぁ」
二人の執行委員の反応に、喋りすぎたか、と皆守は顔を顰めながらアロマに火を入れた。
だが、皆守の素性を疑うよりもその情報を吟味するのに忙しいらしく、葉佩はぶつぶつと呟いていた。
「神鳳さま…神鳳さま…確か弓道部の部長さまでしたわね…黒塚さまとも親交を温めていらっしゃる…お願いするならそちらからかしら…」
「生徒会役員だぞ?お前の敵だ。そう易々と協力するとは思えんがな」
「…金髪美少女が瞳を潤ませてお願いしても駄目でしょうか…」
言葉通りうるうると光る目で上目遣いに皆守を見つめる。
愛らしい。確かに「お・ね・が・い」を聞いてしまいたくなる魅力はあるが。
「自爆行為だな…」
「神鳳くんには、幽霊とはっちゃん本人が見えるんじゃないかな…よく分からないけど」
二人の言葉にがっくりと肩を落とす。
「大丈夫よ、ダーリン!アタシたちだって敵だったのにダーリンの味方になったんですもの、充ちゃんだってきっと話せば分かってくれるわ!」
「…そう、願いたいですわ…」
執行委員とは違い、役員は心底生徒会長に忠誠を誓っている。
本当に、<墓荒らし>に力を貸してくれるだろうか。
唇を噛んでいると、取手が優しく頭を撫でてくれた。
「もしも神鳳くんが力を貸してくれなくても、イタコは彼一人じゃないんだし。最悪、卒業してから別のイタコを探しに青森に行ってもいいんだし…大丈夫だよ、はっちゃん」
「ありがとうございます、取手さま…」
取手の言葉に、少し落ち着きを取り戻して葉佩は微笑んだ。
ただの慰めだけではなく、こんな方法もあるんだ、と別の道を指し示してくれる言葉が嬉しい。
「取手さまは、最初はわたくしに甘えてきて、大柄な弟のようで可愛いと思っていましたけれど…最近、とみに逞しくなられて…思わず逆に頼ってしまいそうですわ」
「うん、頼ってくれると嬉しいな」
取手は、ふふ、と笑って葉佩の体を抱き締めた。
「最初は姉さんみたいに思えていたから、つい甘えてしまったけれど…はっちゃんは姉さんじゃなく男の子だものね…僕は、君を守りたいと思ってるよ」
「いや、普通、逆だろ」
皆守がうんざりとした口調で投げやりに突っ込んだ。
「何で相手が男なら『守ってやる』になるんだ。普通、相手が女の方が守ってやるべきだろ」
「皆守くんには姉さんがいないんだろう?きっと分からないよ、この感覚は」
「分かってたまるかっ!」
<姉のような存在>には守って貰えて当然、と感じてしまう弟の感覚も分からないでも無かったし、一般論として女性は守るべき存在と思う皆守の感覚も分かるので、葉佩はどちらも味方もしなかった。
とりあえず、中身が男と分かっていて、ちゃんと男の声も聞こえる取手が、何故自分を抱き締めているのか、という疑問の方が重大であった。