美少女ハンター 葉佩九龍 4
ようやく己が<金髪美少女>と認識されていることに気づいた葉佩だったが。
今更どうしようもないながらも、あまり目立たぬよう行動しようと気配を消していた。
そりゃまあ、理性では、こんな事態は滅多に無いのだから楽しもう!という囁き声もしなくもないのだが、やはり羞恥が先に立つ。第一、葉佩本人には己の姿はいつもと変わりなく見えているのだから、見て楽しむことも出来ないのだが。
男子生徒に貰ったラブレターに丁寧な断りを入れたりしつつ、葉佩は靴箱ではぁっと溜息を吐いた。
この学園で、うまくやっていると思っていた。
まあ職業がばればれなのは棚に上げておくとして、それ以外は円滑な人間関係を築いてきたと思っていたのに…それが金髪美少女の功績だったとは。
いや、中身は葉佩なのだし、行動は葉佩自身のもので間違いは無いが、それでも外見というのは重要である。特に男子のバディたちは、自分が可憐な金髪美少女だったから力を貸してくれているのでは無いだろうか、と不安になるのだ。
騙しているつもりは無いのだが、結果的にはそんなことになってしまい、申し訳ないやら不甲斐ないやら。
たった今、姿を消した皆守も、自分の姿が男だと分かってから妙にぎこちないし。
ひょっとして、金髪美少女に惚れていたのだろうか、だとしたら悪かったな、と思いつつ、もう一度溜息を吐いてスニーカーに履き替えた。
外に出る直前、大柄な男子に前を遮られて、頭を上に向けた。
「転校生か…」
「…貴方は?」
「俺は、阿門帝等。この学園の生徒会会長だ」
「生徒会の…長…」
ずりずりっと後ずさり、靴箱の陰に飛び込む。
「…随分と臆病者なのだな。ここで何かしようとは思わん」
「失礼は重々承知の上でございます。…ですが、わたくし…わたくし、自分が情けなくて、見られたくは無いのでございます…わたくしが男だと言うことはお聞きになりまして?」
やや取り乱した声が靴箱の彼方から聞こえるのに、阿門は腕を組んだ。
もちろん、報告は受けている。興味を持ったから、実際この目で確かめようと来たのだ。
「確かに、俺の目で見ても、金髪の女子だな」
「さようでございましょう!?一応、貴方は仮想敵のいわばラスボス、その相手にかような…かような姿を見られるなど…口惜しいやら情けないやら…」
葉佩にだって自尊心ってものはある。
生徒会会長が、ただの敵ではなく、大いに尊敬もできる信念を持った人物だと認めるからこそ、己が女装(ではないが)している姿など見られたくは無かった。
だが、逃げ隠れするのももっと情けないと気づいて、のろのろと靴箱から顔を覗かせた。
「失礼…わたくし、普段はこのようなことは無いのですが…どうやら真里野さまがわたくしの姿に恋をなさっておいでのようなのを気づいてしまい、少々取り乱しておりましたところなのでございます…」
そうなのだ。少女の霊は葉佩の魂の方に付いてきたので、中身…というか魂:葉佩・肉体:七瀬でも外見は金髪美少女のままになってしまったのだ。
「少し…見せてみろ」
阿門が手を伸ばすのに、葉佩は素直に近寄った。掌を顔の前に翳されて、すっと目を閉じる葉佩に、阿門は低く呟いた。
「無防備なことだ。俺が実力で排除するとは思わないのか?」
「阿門さま自身が、たった今仰られたのでしょう?ここで何かしようとは思わない、と。わたくしもそう思いますし」
「ふん…」
掌がじわりと動く。
指の先で額に触れられても、葉佩はぴくりとも動かなかった。
「なるほどな」
「何か、分かりまして?」
「確かに、貴様自身は男の遺伝子を持っている。だが、女の遺伝子を持つ<何か>が表面を覆っているようだ。それは分かるが…生憎、俺の<力>でどうこう出来る問題では無いようだな」
「あら」
もっと悄げるかと思われた葉佩が、むしろ面白そうに見上げたので阿門は僅かに眉を顰めた。
「もしも可能なら、わたくしを助けて下さるおつもりでしたの?…困りますわ、あまり情が移るような真似をしないで下さいまし。仮にも敵なのですし」
「貴様が<墓>を侵すことに関しては、敵対しているが、女に見えて困っているのを助けるのは話が別だ」
阿門としても、敵が可憐な美少女、というのは非常にやりにくいのだ。まあ、そんな本音は言わないが。
まあ、どっちにせよ、阿門の<力>では除霊出来そうに無いのだが。
「そう…ですわよね…男たるもの、金髪美少女の外見を持っているなど、哀れみの対象ですわよね…」
遠い目になった葉佩に、何と声をかけて良いのか分からず、阿門はとりあえず本来の目的を遂行することにした。
「たとえ、女の姿に見えていようとも、手を引くつもりは無いのだな?」
「そうですわね。身も蓋もない言い方をしますと、外見は任務の遂行には無関係ですし」
「これ以上進むなら、命の保証はせん」
「今までも保証して頂いた覚えはございませんし」
手を引くとは思っていなかった。
ただ、この目で葉佩の人となりを確認したかっただけだ。
…報告以上に愛らしい美少女だとは思わなかったが。
「貴様が生き残ったなら…今度の<魂伏>の夜会に招待しよう。楽しみにしているぞ」
優雅に一礼して見せた葉佩の瞳は楽しそうに輝いていて、先ほどまでの動揺して頼りない姿とは全く異なっていた。
男としては、思わず護りたくなるような不安に打ち震えている少女の姿も悪くはなかったが、やはり<宝探し屋>らしい不敵な表情の方が魅力的だ、と阿門は思った。
さて、その夜会では。
「………ごきげんよう、生徒会長………」
八千穂にエスコートされた葉佩は、追いつめられたウサギのように辺りを入念に確認しながらおずおずと阿門の前に立った。
「ふむ、厳十朗の見立て通りだな」
「わたくし…わたくし、今宵初めて、心底貴方が憎いと思いましたわ…今なら貴方を殺しても悔いは無いと思います…」
葉佩の部屋に届けられたのは、千貫の招待状と夜会用の服。仮装パーティーだと聞いたので、皆が奇天烈な格好をしているのなら、このくらい我慢するか、と着てみれば、他の学生たちは単に顔を仮面で覆っている程度という有様で。
お〜の〜れ〜…と、葉佩は何が起きるのかという好奇心に負けてここまで来てしまった己を呪った。
「えー!阿門会長がこの服くれたんだー!てっきり椎名さんかと思った!」
八千穂の大きな声が辺りに響きわたった。
この服、つまり頭には猫耳、フリルいっぱいの黒いボディにふわふわの何重ものフリルのついたミニスカート、お尻からは黒い尻尾が付いている、というあからさまにコスプレな衣装を、両手で自分を抱き締めるようにしてなるべく隠そうとしながら葉佩は呻いた。
「仮に、この姿を写真にでも撮られたら、末代までの恥、この葉佩九龍、七代までも祟って差し上げます…」
羞恥のあまり涙ぐんだ葉佩の姿を見て、周辺の学生は「会長、グッジョブ!」「グッジョブ!」と親指を立てて踊っていた。
一般学生の、阿門に対する信頼度が上がった!
葉佩の、阿門に対する信頼度が激減した!
葉佩としては、カメラでも携帯でも何でもとにかく写真を撮ろうとする馬鹿者がいないかを神経を尖らせて見回る他は無い。何せ、写真に写るのは、葉佩本人、つまり男がミニスカで猫耳と尻尾という大変痛い光景なはずなのだから。
いっそ、お笑いの演し物だと割り切った方が気持ちが楽になるのにな、と遠い目をしている葉佩の手を、阿門が取った。
「来い」
何だ何だ、どこに行くんだ、と現実逃避していた脳が理解し損ねているうちに、フロアに阿門と二人に向かい合わせに立っていることに気づいた。
ちょっと待て、まさか、この体勢は。
「…わたくしに、女性パートを踊れ、と。そう仰るわけですね…」
「まさか、そのなりで、女性と踊ることを期待していたのではあるまい」
「えぇ仰る通りですわ。仰る通りですから…余計に不快です」
それでも何故か体が女性パートを完璧になぞっていた。
無駄なところに発揮されている己の運動神経が憎い。
そして…男性にリードされての舞踏会に、奇妙な懐かしさを覚えて密かに眉間に皺を寄せた。
賭けても良いが、己にそんな体験は無い。ということは…憑いている少女が懐かしがっているのか。
そんな影響はこれまで皆無だったのだが、霊の力が強くなったのか、それともよほど<舞踏会>に強い思い出があるのか。
取り殺されるよりはマシかも知れないが、男性にリードされるのを懐かしく思うような影響も及ぼさないで欲しいものだ。はっきりと迷惑である。
そんな風にぐずぐずと思いを巡らしながらも体の方は自然にダンスを踊っていると。
何やら耳が違和感を拾い上げた。
微妙なリズムのずれ、ちょっとした不協和音…ダンスのBGMとして流れているピアノ奏者に異変が起きたのだろうか。
ちらりと目をやると、そこには仮面を付けてはいるものの明らかに取手と分かるタキシードの少年が座っていた。
その顔はピアノではなく、葉佩の方に向いている。
そわそわとした様子で弾く曲は、次第にミスが多くなり、阿門が葉佩を引き寄せてターンした途端、激しい不協和音と共に終了した。
何だ何だ、と見つめていると、取手はすっくと立ち上がってピアノを離れ、彼らの方にするすると歩いてきた。
そうして、葉佩の肩をぐいっと掴み、阿門から引き剥がして自分の両腕の中に囲い込んだ。
きゃあ!と誰かが黄色い悲鳴を上げた。もちろん、楽しそうな悲鳴であって、驚愕や恐怖ゆえのものではない。
とりあえず、葉佩としては注目を浴びているのは不本意だが、男性とのダンスを中断出来たのはもっけの幸いだった。
取手が助けに来てくれたのだろうと判断して、取手の腕に縋り付いていると、阿門が、ふっと笑いきびすを返した。
「…一曲だけだ」
踊るのは一曲だけのつもりだった、と言いたいのか、そもそも俺は一曲だって踊りたくは無かったが、と阿門の背中を追っていると、阿門が威厳のある態度でピアノの前に座った。
ゆっくりと弾き出される音は、青く美しきドナウ。…ワルツである。
いや、まさか。わざわざ会長がそんな。
葉佩が自分の考えを否定していると、背後から抱え込むように腕を回していた取手が葉佩の肩を掴んでぐるりと方向転換させた。
向かい合わせになって、腰を抱かれる。
ブルータス、お前もか。
そんな言葉が脳裏をテロップとして打ち出された。
姿勢の悪い取手の顔が間近にある。足もがに股に曲げて踊りにくそうな取手に溜息を吐いて、葉佩は取手の上腕に手を添えて囁いた。
「さあ、取手さま、背を伸ばして。ステップはご存じ?」
「…たぶん、思い出せると思う」
ぼそりと独り言のように答えて、取手は、すっと姿勢を正した。
そうしていると、さすがに長身だ。少女の外見ではない葉佩本人は、そんなに小柄というわけではないのだが、それでも視線が上へと向かう。
「1、2、3、1、2、3…ここでターン」
ふわりとひらひらフリルのスカートが回る。
畜生、見た目は可愛いんだろうな、いっそ俺だって見てみたいぞ、と足にまとわりついた黒猫の尻尾の感触に思った。
取手も気の毒に、本当は踊っている相手が普通に男だって見えたら嫌な気分になるだろうな、と胸がもやもやする。
あぁ、小学生の運動会で男子の数が多くてフォークダンスを男同士で踊る羽目になるって、そんなネタを読んだことがあるな、あれはそんなに激しく疎ましがられているってほどでもないか、と思い直して爪先に神経を込めた。
いっそ運動神経のテストを受けていると思うことにして、どうせなら美しく踊ってしまえ、と指先の動きにまで気を使う。
どうやら二人の姿はそれなりに目立つらしく、動きを止めて見入る学生も多かった。
その感覚にも何故か既視感を覚えて、葉佩は眉を顰めた。
そうして曲が終わると、阿門がつかつかと寄ってきて、取手に重々しく伝えた。
「責務を果たせ」
「…はい。すみませんでした、会長」
名残惜しそうに葉佩の体をもう一度きゅっと抱き締めてから、取手は阿門と行き違いにピアノの方に向かって…振り向いた。
「あの…はっちゃん、まだ踊るの?」
「いいえ」
心配そうな取手と、何やら狙っているらしい近寄ってくる男子の群に声高く宣言する。
「わたくし、もう踊りません。お二方と踊れば十分でございましょう?」
「そう…なら、いいんだ」
微笑んでピアノに向かう取手に微笑み返して、阿門にも丁寧に礼をする。
もういいや、帰って着替えよう、と顔は微笑のまま遠い目をしていると、しゃーん!とシャンデリアが鳴る音と少女の悲鳴がした。
成り行きでその愛らしい黒猫少女姿でトトと相対する羽目になった葉佩は、後に仲間になったトトに、
「今度、秋葉原一緒シテクダサーイ!」
とにこやかに言われ、俺はコスプレか、メイド喫茶か…とがっくり膝を突いたのだった。