美少女ハンター 葉佩九龍 3





 「取手さま、ちょっとしたつてで美味しいオムレツが手に入りましたの。よろしければ放課後にでもいらっしゃいません?」
 「喜んで」
 昼休みにプラチナブロンドの転校生がA組に入ってきて、取手と何かと話していく姿は、最近よく見られるようになっていた。
 その場で話すこともあれば、音楽室に移動することもある。取手がいなければ、保健室で見られることもある。
 「あ、はっちゃん、髪に何か付いてるよ」
 取手の指が頭頂部を探るのを、葉佩は目を閉じて大人しく待っていた。
 付いていた枯れ葉を崩さないよう注意深く取って、はい、と手渡すと、にこっと笑う。
 ラブラブである。
 本人たちの意識はともかく、周囲から見れば、ラブラブ以外の何物でもない。
 他の誰も呼ばないような名前で呼んで、普段ほとんど喋らないか、喋ったとしてもくぐもった声でぼそぼそとしか喋らない取手が、僅かに笑みまで浮かべて葉佩とお喋りをしているのだ。
 あの二人は付き合っているのか、という噂が発生するのもむべなるかな。
 「あらぁ、葉佩さまですのぉ」
 小柄な体が跳ねるように二人に近づいた。
 「ごきげんよう」
 「ごきげんよう」
 ふわりとスカートの裾を摘んで挨拶する椎名に、葉佩も胸に手を当て一礼した。
 片や栗色の髪のゴスロリ少女、片やプラチナブロンドの美少女。
 あぁ、あの光景の中に入りたいっと身悶える男子学生の視線を浴びて、取手は体を小さくした。
 自分のような者がこの二人の興味を惹いているとは思っていない。ただ、葉佩は姉のように甘えさせてくれているだけだし、椎名は葉佩に懐いただけだ。
 まあ、「ここにいらしたということはぁ、死なんて恐れていないってことですよね?」という言葉に対して、「あら、死ぬのはわたくしではなく貴方ですのに、何故恐れなければなりませんの?」と答えた人間に懐くのもどうかと思うが。
 「今度はリカとも遊んで下さいましねぇ」
 「そうですわね、椎名さまは普段何をして遊んでいらっしゃいますの?」
 「リカはぁ、レース編みが得意ですのぉ。自作のレースでドレスをアレンジするのが大好きですぅ」
 「可愛らしいこと。わたくし、編み物はしたことがございませんの。難しいものですの?」
 「リカ、教えて差し上げましょうか?」
 「嬉しいですわ」
 その風景をほぅっと溜息を吐きながら見つめるクラスメイトたち。
 まるでミッション系スクールの<姉妹>の会話である。
 この場合、二人と付き合いたいというよりは、愛でていたいという奇妙な萌え感情が主であった。
 手を振ってリカと別れた葉佩に、取手が小さく聞く。
 「はっちゃんも、服にレースを付けるの?」
 「いいえ。…椎名さまには内緒にして下さいましね。レース編みが出来たら、糸からネットが作れて便利かと思いましたの」
 そのネットがトレジャーハントに役立たせるためのものであることには疑問の余地は無い。
 くすくす笑う取手に、耳に唇を寄せて内緒話をした葉佩もまたにこっと笑った。
 くどいようだが、他人の目にはラブラブ以外の何物でもなかった。

 そんな感じで取手と葉佩が<姉弟的友情>を育んでいた頃、ついにその日が来た。
 宇宙人騒動なんてものを引き起こした朱堂を追って墓の第3層に入り込み、無事朱堂の宝を取り戻したのである。
 朱堂が涙ながらに告白し、葉佩はそっと肩に手を置き同情を示した。
 だが、朱堂はその手をばっと振り払い、きっ!と葉佩を睨む。
 「止して頂戴!葉佩九龍、貴方にアタシの気持ちが分かるはずないじゃないの!」
 「何故、そう思われるんです?わたくしにも夢や憧れがございます」
 「貴方のような貴方のような、誰もが羨むような可愛らしい姿をした小娘に、アタシの気持ちなんてぇぇええ!」
 おーいおーいと泣き出した朱堂は、奇妙な沈黙が周囲に落ちたのに気づいて、顔を上げた。
 葉佩が、これ以上は無いほど、おかしな顔をしている。まるで、オムレツだと思って食べたものが石だった、とでもいうような。
 「可愛らしい姿をした、小娘?…あの、どなたのことでしょう?」
 「とぼけるんじゃないわよぉ!そのふわふわの金髪!宝石のような緑色の目!可愛らしい唇!華奢なくせにCカップはありそうな胸!きーー!ぐやじいぃぃ!」
 紫のスカーフを噛み締める朱堂に、葉佩はまだ奇妙な顔で、はぁ?と言った。
 「あの…やはりどなたのことを仰ってるのか、わたくしにはさっぱり…」
 救いを求めるように振り返った葉佩に、皆守と取手は人差し指を突きつけた。
 「お前のことだ」
 「はっちゃんのことだよ」
 「はぁ!?わたくし、どこから見ても日本男児でしょう?黒髪に黒い目、どう見ても黄色人種の男子!」
 今度は3人そろって「はぁ!?」と突っ込みが入った。
 「いや、お前、鏡見たことあるか?」
 「えっと…ボディイメージのずれって、ダイエットをする子にはあるって聞いたけど、はっちゃんのはずれ過ぎじゃ無いかなぁ」
 「よくも、ぬけぬけと〜!」
 おろおろと3人の顔を見比べた葉佩は、ばっ!と防弾チョッキの前を外し、中の学ランとシャツのボタンを外した。
 ランニングを通して盛り上がる『華奢な癖にCカップ』の胸をさらして、葉佩は叫ぶ。
 「ほら、胸だって、真っ平らじゃございませんか!」
 そう言って取手の手を取り胸に触らせようとしたので、取手はわーっと叫んで拳を固めた。
 「は、はっちゃん、駄目だよ、女の子がそんなことしちゃ…」
 「ですから、わたくしは男ですってば!」
 ほとんど涙目になって訴える葉佩に、朱堂は少し冷静になって考えてから、ぽん、と手を叩いた。
 「いやだわ、アタシったらドジっ子さん。カメラを持ってるんだったわ」
 取り出した際に数葉の写真が落ちたので皆守は拾い上げて内容に眉を顰めて何か言いかけたが、朱堂は気にせずカメラを向けた。
 「デジカメだから、すぐに結果が分かるわよぉ…って、あら?あらあらあら!?」
 うぃーん、と電子音と共に現れた画像に、朱堂は思わず声を上げた。
 食い入るようにデジカメの画面と葉佩を見比べる様子に、葉佩は取手の手を離して近寄った。
 「どうなりまして?…あぁ、安心しました、わたくしの顔ですわね」
 「ちょっと可愛い系だけど、いい男じゃない…」
 とろけるような声に、皆守も取手も朱堂の手元を覗き込んだ。
 そこに写されているのは、本人の主張通り黒髪黒い目の少年だった。取手と一緒に写っているが、身長さえ異なっている。
 「…どういうことだ?」
 皆守の呆然とした呟きに、葉佩は小首を傾げてやはり力の無い声で呟いた。
 「わたくしの方がお伺いしたいですわ。わたくしが鏡を見たって、そのまま見下ろしたって、いつもと変わりないわたくしの姿のはずですのに…皆様には違って見えていらっしゃる?」
 「あのさ、はっちゃん…その…言葉遣いも、自分では普通に男口調のつもり?」
 「えぇ。違いまして?」
 「うん…僕の耳には、椎名さんと同じような口調に聞こえるよ」
 「し、椎名さまと…それは、まるっきり少女口調〜!」
 悲鳴を上げて座り込む様子も、楚々とした美少女の動作である。
 金髪を掻き回して、ぶつぶつと呟く。
 「待って下さいまし、待って下さいまし。わたくしの姿は、最初から皆様にはどのように…金髪?緑の目?Cカップ?…まさか、それで入浴時に皆様の視線が…」
 「お前、隠して無かったからなぁ…最後には他の連中の方が避けていたが」
 「ず、ずるいですわ!わたくしには見えないのに、金髪美少女の裸を見られるなんて〜!」
 ぐしぐし泣きながらしている動作は、3人の目には自分の胸を揉んでいるかのように見えた。
 本人にとっては、いつも通りの真っ平らな胸を確かめているだけの動作であったが。
 「と、とにかく、はっちゃん、服を整えて…部屋に帰ってゆっくり考えようよ。体が冷えるよ?」
 女の子は冷やしちゃいけない、という言葉は、ぐっとこらえて取手は手を差し伸べた。
 その手に縋って立ち上がった葉佩は素早く衣服を整えた。
 「そ、そうですわね、ここで考えていても仕方がありませんし…あぁ…何故、そんなことに…」
 がっくしと肩を落とした葉佩に、朱堂がはいっとプリクラを差し出した。
 「これ、貰ってぐだざ〜い!葉佩ちゃんが元の姿になれるよう、茂美、頑張っちゃうんだから!」
 「ありがとうございます、朱堂さま…」
 見上げる瞳はきらきらのエメラルドのよう。
 これ以上は無い愛らしい姿に朱堂のコンプレックスが刺激されたが、画像を思い浮かべてぶるぶると頭を振る。
 「この画像をたいぞーちゃんに頼んでA4サイズにでもプリントして貰うわ。葉佩ちゃんが本当はこんないい男だって毎日眺めなきゃ!」
 皆守が「気色悪いな」と呟くのに被せるように、取手が声をかける。
 「あの!…ぼ、僕の分も、良いかな。僕も…ちゃんとはっちゃんの本当の姿が見えるように頑張るから…」
 「ありがとうございます、取手さま…あら、取手さまにはひょっとしてわたくしが女子に見えたので姉のようと思われていたのでしょうか。だとしたら申し訳ございません…騙しているかのようなことになってしまい…」
 「ううん、違うよ。最初はそうだったけど…君は、僕の姉さんじゃないし、姉さんの代わりでも無い」
 取手にしては随分とはっきりと力強く言い切ったので、葉佩は顔を上げた。
 かすかに滲んだ涙を、取手の指が拭い取る。
 「僕は、ちゃんと…君を見ているよ」
 自分に言い聞かせているようなそれに、葉佩は何も言えなかった。
 ただその声に含まれる調子に、少しばかり頬を染めたのだった。

 ちなみに。
 A4にプリントアウトされた写真は、状況からすれば当然だったが、シャツを開いて上半身を露にした少年が涙目で取手の腕を掴んでいるという、何となく怪しげなものなのであった。






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