美少女ハンター 葉佩九龍 2





 この学園には、様々な学生が集まっている。はっきり言えば、変わり者の集団である。
 だが、そんな集団だからこその不文律というものもある。
 その一つとして、如何に奇天烈な格好をしていても、何故と問うことなかれ、というものがある。
 たとえ学生服の原形も留めていない着流し姿であろうが。授業だろうが水泳だろうがガスマスクと防弾チョッキを外さない学生がいようが。著しく非実用的なフリル満載の体操服を着用していようが。
 それはその人間の個性として受け入れ、あえて何故そんな格好を、とは問わないことになっていた。
 ま、そんなわけで。
 どう見ても可憐な美少女が男子寮に彷徨いていても、はっきりと何でだと問う者はいなかった。
 葉佩も自分が奇妙な視線を受けているのには気づいていたが、転校生が珍しいのだろうか、転校生は多いと聞いていたけど、と何となく納得はし難いが聞くほどでも無いか、と流していた。
 そうして、まあ徐々に好奇の視線も薄れるだろうと思っていた転校翌日。

 とん、と背中に何かが当たって、葉佩は振り返った。
 少し視線を上にやると、青白い顔の男子学生が保健室の入り口に立っていた。
 美少女転校生とぶつかるなんて、これで葉佩がトーストをくわえていたら完璧な王道だっただろう。
 実際には、葉佩は無手であったし、転んでパンティをサービスしたりもしなかったが。
 ともかく、金髪美少女と青白い顔の男子学生がしばし見つめ合っていたことには変わりない。
 「…そこを、どいて貰えるかな」
 「あら、失礼いたしました」
 ふわりと音もなく身を斜めにした葉佩の横を擦り抜けるように取手は保健室に入っていった。
 「よぉ、取手。どうした?」
 「頭が…痛くて」
 「まあ…保健の先生はいらっしゃいませんのに」
 そっと眉を寄せた葉佩が、白く小さな手を伸ばし、取手の額に当てた。
 「熱は無いようですわね。ともかく、ベッドに横になられては如何でしょう」
 細く綺麗な繊手を、痛みを堪えているような細めた目で見つめて、取手はぼそりと問うた。
 「君は…誰だ?」
 「わたくし、昨日C組に転入いたしました葉佩九龍と申します」
 「…あぁ…転校生の…」
 どうやらA組にまで噂は行き届いているらしい。
 幾分観察するような目になった取手は、ふと視線を下へとやった。
 「そういえば…その…それ…」
 視線の先の、ぐったりした女子学生に気づいて、皆守がずるずると引きずってベッドに放り投げる。
 「音楽室でな、倒れてたんだ」
 「…音楽室で…」
 口を押さえた取手に、葉佩は女子学生の手が見えるように腕を上へ持っていった。
 「おかしな症状ですわねぇ。こんな奇妙な症状を見たのは初めてですわ。…日本の風土病ではございませんわね?」
 「んなの聞いたことねぇよ」
 「敢えて言うなら、筋肉毒を有する毒蛇に咬まれた足の筋肉が融解してしまって骨だけになった姿に似てますけれど」
 愛らしい顔をして、さらっとえげつないことを言う葉佩をちらっと見てから、皆守は奥へ声をかけた。
 「カウンセラー!いないのか!?」
 「騒がしいな。聞こえているよ。一服するくらいお待ち」
 しゃっとカーテンが引かれ、チャイナ服に白衣という姿の保健医が見えた。
 とん、と足を踏み出した葉佩が、すぐ横の窓を大きく開く。
 途端に吹き込んできた風に顔を顰め、ルイは机の上の書類を押さえた。
 「おい…っと見ない顔だな。転校生か?」
 「はい。葉佩九龍と申します。個人的には煙草の匂いも特に嫌いではございませんけど、頭痛にはよくない影響を及ぼしますでしょう?」
 「やれやれ」
 肩を竦めて、ルイは煙管を置いた。
 「それで?何故呼んでいた?」
 その問いに、皆守と葉佩の答えが重なった。
 「そこの女子が倒れてたんでな」
 「この方が頭が痛いと仰られて」
 一瞬、皆守と葉佩の目が合う。
 「葉佩、そもそもここに来たのは…」
 「わたくし、そう言えばまだお名前を伺っていませんでしたのね」
 完全に興味の方向が擦れ違っている様子に、ルイは少しだけ吹き出しながらも、取手にひらりと手を振った。
 「ご、ごめん。僕はA組の取手鎌治」
 「以後、よしなに…」
 腕を胸に貴族風の一礼をして、葉佩はにこと微笑んだ。
 取手は答えず首に手を当て横を向く。
 「さあ、まずは取手さまの処置をなさって下さいまし。たぶん、あの女子の方はそう急ぎません」
 「そうだな。取手、隣のベッドに横になっていると良い」
 「すみません…」
 衣擦れの音が落ち着いたのを確認して、ルイは女子学生の腕を持ち上げた。
 そのミイラのように干涸らびている手に、綺麗なマニキュアが赤く浮かんでいるのが哀れであった。
 皆守がアロマをくわえながら呟く。
 「ひでぇことをする奴もいたもんだ」
 「彼女は何か言っていたかね?」
 「何も」
 葉佩がさらっと答えたので皆守は幾分目を見開いた。
 「いや、窓から男が逃げたとか何とか言ってただろ?」
 「そんなこと、事態の解明には何の役にも立たないじゃありませんこと?わたくしが興味がありますのは、<何故>このような症状が現れたか、ですけど、そのあたりは何も仰いませんでしたものね」
 肩を竦める葉佩にルイが喉で笑う。
 「君は実際家だな」
 葉佩はその言葉にしばらく考え込んだが、細い指を顎に当て小首を傾げて皆守を見た。
 「そうなのかも知れませんわね。わたくしには皆守さまの『ひでぇこと』というのも理解できませんし」
 「これは酷くねぇのか?」
 何を言われているのか全く分からない、と言う風に怪訝そうに見つめる葉佩に皆守は両手をズボンのポケットに突っ込んだ。
 「ま、俺にとってもどうでもいいけどな」
 興味深そうに二人を見ていたルイが、ドアの方を指さした。
 「なら、この女子は私に任せておくんだな。二人とももう教室に帰ると良い」
 「あぁ、昼寝し損ねたしな」
 「解毒法なり治療法なり、対処の目処が立ちましたら、ご教唆お願いいたします」
 あくまで原因と対処法だけが気になっている葉佩に薄く笑って、ルイは頷いた。
 <彼>自身は、すでに自分の考え方が一般人のそれとはずれてきていることに気づいているのだろうか?
 聞いてみたいとも思ったが、今日のところはここまでにしておこう。
 二人を見送って、目下の関心の一人である取手の元へと向かった。

 頭が酷く痛かった。
 以前から頭痛持ちではあったが、こんなに気を失いそうに痛むのはここ最近のことだ。
 今日は特にそれが酷い。
 音楽室に倒れていたと言う女子の干涸らびた手。
 転校生の白く華奢な手。優しく額に触れた雰囲気は、姉のものに似ていた。
 ずきり。
 目の前が暗くなるほどの頭痛に襲われて、低く呻く。
 そうだ、あの転校生の綺麗な手を姉にあげよう。きっと喜んでくれる。
 そうしたら、きっとまた彼のためにピアノを弾いてくれるだろう。

 ふわふわのプラチナブロンドが暗い遺跡の中できらきらと舞った。
 薄汚れた防弾ジャケットが似合わない。似合わないと言えば、アサルトライフルもコンバットナイフも似合わないが。
 だがその姿を捉えられたのも一瞬で、すぐに闇に紛れてしまう。
 乾いたタンッという音だけが暗闇を切り裂いて取手の元に届き、皮膚を弾いていく。
 墓守である取手に普通の攻撃は通用しにくい。
 だが、耳を掠めた時だけは呻いて血の吹き出たそこを押さえてしまう。
 くす、と小さな笑い声が聞こえた気がした。
 そうして、乾いた微かな発射音が連続して聞こえ…取手は床に膝を突いた。
 ふわりと薄闇の中から葉佩が現れる。
 白い手を差し伸べて、歌うように取手に声をかける。
 「降参したなら、いらっしゃい、甘えんぼさん。そして、わたくしにピアノを弾いて下さいな」
 体が軋む。
 皮膚の穴という穴から黒い何かが吹き出した。

 地上に戻ると、葉佩はゴーグルを額に押し上げた。
 緑色の目が月の光を受けて鮮やかに煌めく。
 「あ…あの…君は、何者なんだい?」
 「わたくし?わたくしは、<宝探し屋>。…本当は機密事項なのですけれど、もうお二方にばれていますし」
 苦笑して皆守と八千穂を見回すと、八千穂がごめんね、と片手を顔の前に立てた。
 「わたくしの求めるものではありませんけど、貴方にとっての<宝>が手に入ったようでよろしゅうございました」
 微笑む葉佩に、取手は腕の中の楽譜を抱き締めた。
 大事な宝物を捧げて、墓守になった。
 宝を取り戻したので、捧げていた記憶も取り戻した。
 そこまでは、いい。喜ばしいことだ。
 だが、同時に、自分は墓の第一層の墓守でしか無いことも覚えている。
 執行委員である墓守は他にも大勢いるはずだし、敵はもっと強くなっていくはず。
 こんな華奢な少女が本当に戦うつもりなのだろうか。
 いや、実際視界外から射撃されて、攻撃の一つも出来なかったけど。
 取手はごくりと唾を飲み込んだ。
 「あ…あの…これ…」
 自分の生徒手帳からプリクラを取り出す。1年生の時に一度作って以来、一枚も剥がしたことのないそれ。
 「良かったら…僕も、君の力になりたいんだ。だから…今度ここに潜るときには、僕も呼んで欲しい」
 にこやかな笑みを消して、葉佩が取手の真下から真剣な目で見上げた。
 「それは、恩義を返す、ということですの?でしたら、そんな必要性はありませんわ。貴方が助かったのは結果論ですし、わたくし、貴方を助けることを第一義として遺跡に侵入した覚えはありませんし」
 「恩を返すとか、そういうことじゃないんだ…僕は、ただ…」
 葉佩はじっと見上げたまま待っている。
 取手は、素直に言葉がこぼれ落ちるままに任せた。
 「僕は、ただ…君は姉さんみたいに思えるから…怪我をして欲しくないんだ…」
 ずるっと皆守がずっこけているのが目の端に映った。
 葉佩は小首を傾げたが、ゆっくりとした動作で胸元から生徒手帳を取り出した。
 「わたくし如きが姉上様の?とても務まるとは思えませんが、取手さまがそう思われるのなら如何様にも」
 葉佩の手の中の手帳を取って、目的のページを開き注意深くプリクラを貼る。
 返したそれがまだ胸元にしまわれるのを確認してから、取手は恐る恐る尋ねた。
 「あの、ね。…ちょっと…甘えても、良いかな」
 「あら。…はい、どうぞ」
 にっこり笑って両手を広げた美少女に、取手は引き寄せられるように近づいた。
 そぅっと抱き締めると、予想通りの華奢な体格がすっぽりと腕の中に収まった。
 葉佩の腕が上がり、優しい調子で取手の後頭部を撫でる。
 「…姉さん…」
 誰よりも優しくて、誰よりも彼を愛してくれた人。
 そうして、取手自身も誰より愛していた人。
 葉佩のおかげで姉との大切な記憶は戻ってきたが、忘れたかった深い喪失感もまた蘇った。
 何故姉が、という怒りで発散できなくなっただけ、ただただ己を蝕んでいく喪失感。
 目の前の<宝探し屋>に甘えるのは、その喪失感を埋めるための行為に他ならない。
 自分でもその狡さを弁えていながらも、この華奢な体に縋ることを止められるとは思わなかった。
 葉佩は、ただ黙って彼を撫でてくれている。
 優しい人だな、とふと思った。






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