アニマロイド 4





 「どうだった?カスカ」
 「完全に行き止まりだったわ…仕掛けも無いみたい…」
 「OK、先に進もう」
 その遺跡は、石で造られた部屋が綺麗に残っているところと、崩れて土がむき出しになっているところが混在していた。
 廊下の先で崩れたりしていると、葉佩はカスカに命じて隙間を潜らせる。
 「…ここら辺は、先輩ハンターが調査済みじゃないのかい?」
 遅々とした進みに苛立ったカマチが、言外に無駄なことを、と匂わすのに、葉佩は軽く笑って指を突きつけた。
 「良いか、<宝探し屋>心得第一。他人を信用するな」
 ひどいセリフもあったものだが、カマチは黙り込んだ。
 「ま、先輩ハンターとやらが、故意に誤情報を寄越したりはしない…かもしれないと言う前提に立って言うとな、それでも同じ遺跡に入る以上は<ライバル>でもあるから情報を隠匿する可能性もある。それに、全員がカスカのような狭い場所でも活動できる探索用アニマロイドを所有しているとは限らない」
 戻ってきたカスカを懐に滑り込ませながら、葉佩はごく普通のことのように淡々と続けた。
 「俺は自分の目で見たこと以外、信用しないことにしている。…そのくらいでちょうど良いんだよ、<宝探し屋>は」
 「そう。面倒なんだね。…ところで、あっちの部屋から敵が出てきそうなんだけど」
 カマチの言葉に問い返したりはせず、葉佩は崩れた石と土の小山の一つに身を隠した。アサルトライフルを構えて、扉に照準を合わせる。
 がたがたっと扉が揺れたかと思うと、中から体長30cmはありそうな巨大な蟻の群が飛び出してきた。
 「…うえぇ」
 一発だけライフルを撃っておいて、葉佩は腰から火炎弾を外す。
 「おおぉぉぉん!」
 狼の遠吠えのような声が響き、黒い絨毯のようだったそれの広がりが止まる。
 だが、音波攻撃ではあまり効果がないのか、硬質なきちきちという音を立てながら蟻の群は再び進軍を開始した。
 「下がれ」
 一言告げて、結果も見ずに火炎弾を投げる。
 床を舐めるような炎の塊が黒い群の一部を消した。
 だが隙間の見えた床もまた黒く塗りつぶされる。
 「…油でも使うかな」
 溜息のように言って、葉佩がバックパックを探る間に、カマチが葉佩と蟻の間に飛び降りた。
 ざざざっと音を立てて迫る大蟻の群の前で、遠吠えするように喉を反らせる。
 今度は音はしなかった。
 ただ空気が歪む圧力の変化だけが感じ取れた。
 ざざ、というざわめきが徐々に退いてゆき、ついに完全に停止した。
 ごろごろと転がっている死体の山に、葉佩は口笛を吹いて手にした油の袋をしまいこんだ。
 金色に光っている獣はゆっくりと葉佩の方を向き、ぶるんと身震いした。
 「今度、黒塚に、吸収したエネルギーの蓄積について考えて貰おう」
 今の段階では、敵から吸収したエネルギーをその場でマスターに対応するものに置換して譲り渡す、という能力だ。
 カマチも葉佩も怪我一つ無い状態では、エネルギーは行き場を失って発散するしかない。
 仮にこの後トラップに引っかかって怪我をしても、治癒させるエネルギーは結局カマチのエネルギー炉から取り出すしか無くなる。
 もしも蓄積できる場所か、時間的余裕があれば、もっと便利なはずだ。
 足先で死骸をどけながら、扉に近寄る。
 吸盤のようなものを扉に張り付け、HANTで解析していると、金色に染まっている犬が首を傾げるような動作をした。
 「…静かだよ。敵の気配は、今のところは無い」
 「みたいだな」
 HANTをしまいこんで葉佩はふと息を吐いた。
 「何かなー。戦闘はしてくれるわ、気配は読んでくれるわ…便利すぎてやばそう」
 ちらりと見上げてくる犬の頭を撫でて、葉佩は苦笑して続けた。
 「いや、文句言ってるんじゃない。…ただ、今まで一人…カスカはいたけど、戦闘は一人だったから、まだ慣れてないだけだろう。…気を緩めないようにしよう、と自分を戒めてるだけで、お前に文句言ってんじゃないからな」
 いちいち、自分が所有するアニマロイドに気を遣わなくても良いんだけど、とカマチは思ったが、わざわざ告げることも無いと判断し、扉を鼻で押した。
 葉佩の言葉を聞いていると、かつて夢想したように、まるで自分が<人間の相棒>になれたような気がして快いからだ。
 むろん、ゴールデンタイムにテレビをかけていると何度と無く目にすることになるフレンドル社CMの、「安心・安全!アニマロイドは貴方の忠実な友人です!」なんてのが、ただの薄っぺらな幻に過ぎないことは、すでに学習しているが。
 人間には、ちょっと高価な<玩具>にしか見えていない。
 どうせなら、本当にそうなれるように、自我なんて組み込まなきゃ良いのに、とカマチは僅かに鼻を鳴らした。
 途端、「どうした?」と変化を感じ取って武器のあたりに手を彷徨わせる葉佩に、カマチは「別に」とだけ答えた。

 遅々とした進みでも、粘り強く前へ足を進めれば、いずれは目的地に辿り着く。
 まあ、現時点の位置は、本来の目的である場所からはまだ遠いが、とりあえずの中間目標ではある。
 「…いやぁ、黒塚が欲しがるのは理解できるが…どうすりゃいいんだ、これ」
 周囲を安全を確保してから、葉佩は荷を降ろして身軽になって、手を壁に当てた。
 古代技術で可能な限り磨かれた壁面は、手袋を付けて撫でる分にはつるつるの真っ平らなように思えたが、よくよく見れば、多数のパネルが組み合わされているような状態だった。
 別の岩石を取り込んだ水晶が成長したものを磨いて組み合わせているため、透明な水晶の奥に庭園が閉じこめられているようにも見え、こんな地下なのにまるで窓の外の風景を眺めているかのような不思議な光景が広がっていた。
 これならば、黒塚ならずとも欲しがる人間は多そうだ。
 「確かにガーデンクォーツのこんなでっかいのにお目にかかったのは初めてだが…ここは第3層だぞ。いっそ、上まで直通で穴ぁ開けるか?」
 独り言のようにぶつぶつ呟きながら、HANTでマップを呼び出す。
 壁には出来る限り傷を付けずに切り出し、それを地上へと持ち帰るのが、黒塚から受けた依頼だ。
 <呪い>なんぞに遠慮する気はさらさら無いが、仮にも遺跡を糧とする身、職場を破壊するような無粋な真似はしたくないのだが、これまで来た通路のサイズを鑑みるに、どうにもどこかを破壊せねば通りそうにない。
 「…上は、結構大きめの部屋だったから…柱や壁は崩さなくても良いかもね」
 だいたいの位置を頭に思い浮かべたカマチが、マスターの気を楽にしようと発言する。
 そのぱたぱた振られる尻尾を手のひらで受けながら、葉佩は溜息を吐いた。
 「まあねぇ。どっちにせよ、目的を達してからだな。上で破壊した振動で、下が崩れたら元も子もない」
 今のところ、石で出来た壁は丈夫なものであったけれど、下までそうとは限らない。
 「そろそろ未踏区域?その<呪い>とやらが出てくるのかい?」
 「シルバーの報告によると、もう一層下からだけどな。その前に、今日はここで休んでおく、と」
 携帯用食料を口に放り込みながら、葉佩はバックパックから銀色の耐熱シートを取り出した。
 懐から抜け出たカスカが、奥の扉と葉佩を結ぶ線上にとぐろを巻く。
 見張りのつもりなのだろう、と判断したカマチは、自分も行こうとしたが、葉佩の腕が阻んだ。
 「お前は、枕」
 は?まくら?
 カマチが意味を把握しかねている間に、葉佩の腕が押さえ込んで座らせ、伏せの姿勢にさせる。
 その腹の上に葉佩は頭を乗せ、体に耐熱シートを掛けた。
 「…重い?」
 「別に…」
 「じゃ、おやすみ」
 言葉の後半はすでにあくびに取って代わっていて、カマチが何か言おうとした時には、もう葉佩の口からすぅすぅと規則的な寝息が漏れていた。
 僕は戦闘用なんだけどな、とカマチはちらりと思ったが、愛玩用アニマロイドのような扱いを受けても、さほど嫌では無かった。
 ただ、葉佩が無防備すぎる、と葉佩のために心配になるだけだ。
 忠誠システムを切られている戦闘用アニマロイドの前で無防備に寝るだなんて。
 遺跡の中では焦れったいほどに慎重な態度なのとは正反対だ。
 <スリルジャンキー>特有の、故意に危険な真似をして楽しんでいるのとはまたちょっと違う気がする。
 さばさばしている、と言えば聞こえは良いが、どこか「いつ死んでも構わない」とでも言うような虚無が隠されているようで、カマチは僅かに熱を上げた。
 死なれては困る。
 もちろん、姉の敵を取るのに必要な人物でもあるし…何より葉佩自身を気に入りそうな予感がしていたからだ。
 マスター登録をしたからだろうか、とも思わないでもないが、この気持ちは強制的に生み出されたものでは無いだろう。
 ならばせいぜい己の能力の許す限り、マスターの役に立つとしよう。

 6時間後に目を覚ました葉佩は、温かなスープを作って飲み干した。
 寝ている間に弛緩した筋肉を活動レベルに戻すべく、ストレッチを行う。
 そんな必要があるのかは知らないが、彼の犬もまた隣で背を反らして伸びをした。
 「さて、と。行くか」
 「マスター」
 「マスターは止めろって」
 それでも振り向けば、犬が前足を彼の腹にかけて後ろ足で立ち上がった。
 「何だ?」
 首を伸ばしてくるので少し身を屈めると、大きな舌が、べろりと葉佩の口の端を舐めた。
 温かく湿った感触にぎょっとしていると、カマチはまた四つ足に戻って、しれっと言った。
 「スープが付いてた」
 「…あ、そう。もう付いてないか?」
 「大丈夫」
 葉佩は手袋をはめた甲で舐められたところを拭った。
 「お前、案外体温高いんだな」
 舐められる感触は、人間のものとは異なるややざらついたもので、それもひどく熱い気がしてぎょっとさせられた。
 たぶん、背筋がざわついたのは、その熱さのせいだろう。
 いや、もう、絶対そうだ。そうでなきゃ困る。
 立っているとちょうど良い高さの犬の頭をわしわしと撫でると、カマチは笑うように喉を鳴らした。

 昨日と同じように探索しながら進んでいく。
 もうじき下の階層に、というところで、葉佩の感覚を何かが掠めた。
 「マスター!」
 前に身を投げ出そうとしていると、首筋をぐいっと掴まれる感触があった。いや、相手は犬型なのだから、掴まれているのではなく襟に噛み付かれているのだろう。
 そのまま体が宙を舞う。
 視界の端に、部屋の中を細い光線が幾筋も貫いているのが映った。
 完全に、古代技術ではなく現代レーザー兵器である。
 カマチは器用にその間をくぐって天井を駆けている。
 ぐるりと回った体で許す限りの速度で銃を構え、光線の発射位置と思しきところに弾丸を放つ。
 幾つか光線は消えるが、熱源を捉えたのかレーザー照射は方向を変え葉佩を追っている。
 部屋の中を縦横無尽に駆けるカマチに揺られながら、葉佩は次々に発射装置を壊していった。
 そうして、ようやく。
 「全部、沈黙したかな」
 カマチが壁際に降り立ち、葉佩もやっと床に足を着ける。
 HANTで探っても、もう熱源反応は無い。
 耳を澄ましていたカマチも張り詰めていた空気を解いた。
 後ろに偏った襟を前へと戻しながら、葉佩は壁に設置されていたレーザー発射装置の残骸を確認した。
 「…うちの系統じゃないな。シルバーの後に誰か来たのか。…うわ、油断してたな、恥ぃ」
 うんざりと言って、天井を仰ぐと、カマチが手のひらに鼻面を押し当ててきた。
 「ん、何?…あ、そういや、サンキュ、助かった」
 「怪我は?」
 「無い無い。お前は?」
 「僕も、大丈夫」
 結果的には、連係攻撃の練習が出来た、ということで前向きに捉えよう、と葉佩は結論づけた。
 カマチの力とスピードはさすが戦闘用と言うべきだ。
 まあ、犬の口にぶら下がりながら攻撃、というのは絵面的にちょっと情けないが。できれば犬の背に乗って攻撃するのが見た目は良いのだが、両手を開けると言う点ではぶら下げられる体勢に劣る。
 まあ誰が見ている訳でも無し、これでいっか、と葉佩は頭を切り替えることにした。
 「さて、と。マイザーのを使ってる組織は…レリックドーンか、SSSか…あと、ドイツ系か。どっちにせよ完遂したならこんなもん仕掛けないだろうから…他の組織が先に行かないよう足止め?てことは、やはりよほどのトラップが仕掛けてあるか、<呪い>が強烈か…」
 ぶつぶつ言いながらもHANTからロゼッタに簡易報告書を送る。仮にこの先で葉佩がやられても、その情報はロゼッタに有効に活用されるだろう。
 HANTをしまってカマチを促し、扉へと向かった。






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