アニマロイド 3





 葉佩が大きな袋を持って帰ってきたので、カマチは自然に立ち上がった。ソファの埃を払い、脇に退く。
 「お帰りなさい、九龍」
 「…お帰りなさい、マスター」
 カスカに続いて、くぐもった声で挨拶したカマチに、葉佩は片眉を上げた。
 「そのマスターっての、止めろよ。マスター登録しないと、いろいろと機能制限があるから仕方なく登録はしたけどさ。強制力のあるプログラムって、好きじゃないんだ」
 「言葉を変えても、君が僕の<マスター>であるのには変わりはない」
 「そりゃそうだがな」
 葉佩は袋を探って、カマチに服とズボン、靴などを取り出して渡した。
 「とりあえず、着替えな。…変化するたびに脱げるのかな。不便だぞ、おい」
 他の奴はどうしてるんだ、とぶつぶつ呟いている葉佩に、カマチは基本教育を思い出しながらぼそぼそと答えた。
 「一般的に、人間型を取るのはただのオプションだから…戦闘も動物型で行われるし、会話も可能だから、そうたびたび緊急に動物型と人型を取ることは無い、と想定されてるんだと思うけど…」
 「…は?動物型でも、会話できるのか?」
 「出来るよ…マニュアルに書いてあると思うけど」
 「まだ読んでないからなぁ」
 カスカを手に入れたのは一種の「不法行為」であるため、マニュアルは読んでいないのだろう。それにしたって、カスカも蛇型の時に人間の言葉を喋っているはずだが、とちらりと黒蛇を見やると、
 「この形だと…あまり、大きな声が出ないの」
 不明瞭で聞き取りにくい言葉に、彼とは世代が違うのか、と納得する。
 HANTにマニュアルを取り込んだのだろう、葉佩がぶつぶつとHANTを見ながら呟いている。
 ふと顔を上げて、カマチを見た。
 「じゃあ、俺はどっちでもいいが、お前自身はどっちが楽なんだ?」
 は?と首を傾げる。
 どちらの型も自分に違いないのだし、喩えるならば「立位と座位とどっちが楽か」と聞かれているようなものだ。時と場所による、としか言いようが無い。
 「お前の好きなようにすれば良いが…まあ、基本的には犬型でいいか。人間型になる必要があるのは…えーと…アニマロイドだと知られたくない時、か。うーん…でも、たまに人間型に戻るとなると、いちいち服を持ってなきゃいけないってことか」
 腕を組んで真剣に悩んでいるらしい葉佩に、自分の意見を言うのは差し控えておいた。
 黙って突っ立っているカマチを横に、葉佩はHANTの続きを読んでいった。
 ある文章のところで引っかかり、何度か読み返し、関連事項のリンクを読んでいく。
 「…あれ?」
 心底不思議そうな声を上げる葉佩に、カマチはちらりと上から画面を覗き込んだ。
 そこに出ている文章は、彼の売り文句である回復能力に付いて書かれていた。
 「何か…おかしなことでも?」
 人間に媚びるつもりは無いが、自分が他のアニマロイドより優れているはずの部分に疑問を持たれているとなると、解決させておきたいのが自我というものだ。
 というか、そこに欠点があるとなると、攻撃能力自体は攻撃に特化した戦闘用アニマロイドよりも劣っているため、一気に優位が消滅する。
 我になく不安な声に、葉佩がちらりと見上げた。
 「いや、さ。俺はてっきり<回復能力>というのは<自己回復>を指してると思ったんだが…他人も回復できるのか」
 「厳密には、<マスターを>回復できるんだけどね」
 だから、癒し系だと言っているではないか。
 「そうか…」
 これで問題解決しただろうと思ったマスターが、難しい顔で腕を組む。
 「…あり得ない。0から1を生み出すことは出来ないんだ」
 呟いて、葉佩は手を握った。それが開かれた時には、小さな手のひら大のナイフが収められていた。まるで手品のようなそれにカマチが感心していると、葉佩はそれを握って逆の腕をすっぱりと切った。
 見る間に血の珠が盛り上がり、一つになって流れていく。
 ん、と突き出されたそれに手を翳し、癒しの力を送る。
 出血は多く見えたが綺麗な切り傷のそれは、割合簡単にくっついた。
 表面に残った血を舐め取ると、葉佩は少しだけ眉を顰めて、何か考えているようだった。
 「…何か?」
 もう一度聞くと、葉佩はポケットから携帯を取り出した。
 一動作で発信したらしく、すぐに耳に当てる。
 「…あ、黒塚?今、いいか?…OK、すぐ行くから」
 立ち上がりながら自然な動作でテーブルの上のカスカに腕を伸ばし、巻き付いてくるのを確認して、葉佩はカマチに命じた。
 「付いておいで。ちょっと気になる」
 <マスター>は不本意、と言いつつ命令する葉佩に矛盾を感じつつも、誇りである回復能力に問題があると言われればカマチも気になる。
 何も言わずに大人しく付いていくことにした。
 ロゼッタ支部ビルの内部をすたすた行く葉佩に、すれ違った数人が簡単に挨拶する。どれも背後に付いてきているカマチに視線をやったが、深く追求する人間は誰もいなかった。
 やっぱり<宝探し屋>というのは普通じゃない、と認識しつつ、かまちは半歩後ろを付いていった。
 ある部屋の前で立ち止まり、葉佩は壁の端末に指を押しつけた。
 数秒後に扉がスライドしたので、そのまま部屋の中に入る。
 「やあ、いらっしゃい、九龍博士」
 奥の机から振り返った青年が、歌うように挨拶した。
 部屋の造りは葉佩のものと同一なのに、壁一面に棚が作りつけられていて、いかにも狭い。
 そこに収められているのが全て岩石だと気づいて、カマチは少しばかり首を傾げた。
 ひょっとして、岩石専門の<宝探し屋>なのだろうか。それにしては、普通の石も置いてあるようだが。
 「この子たちに何か用かい?君を歓迎して、ほら、機嫌良く合唱しているよ」
 うっとりと腕の中のガラスケースに頬ずりした黒塚に、葉佩は苦笑してすぐ横の縞模様の石を撫でた。
 「うーん…こいつの中の石に用事があるんだ」
 こいつ、と指さされて、カマチは首を傾げた。
 石、と言われても…いわゆるAIチップのことを指しているのだろうか。
 「あぁ、アニマロイドなんだね。改造したいの?」
 「いや、そうじゃなくて…ひょっとしたら、そうなるかも知れないが」
 それから葉佩は、戦闘・回復両用の彼について簡単に説明した。
 「ただ、この回復能力ってのがくせ者でさ。ちょっと見てくれ」
 また気軽な動作で葉佩は自分の腕を切り、カマチはそれを回復した。
 暗い室内で淡い金色に輝く腕を、黒塚と呼ばれた青年は眼鏡に指を掛け興味深そうに眺めた。
 「ふむ、エネルギーの流れは、彼から君へと流れている。それが何かおかしいかい?」
 「おかしいだろ。他人を回復させる、なんてエネルギーは、どこから生み出されているって言うんだ?」
 「そりゃ、彼のエネルギー…あぁ、分かったよ。君は相変わらず、石に優しい。素晴らしいな、我が同胞よ」
 いや、石を気にしているんじゃないだろう、とカマチは思ったが、どうやら相手は石を介する興味しか無さそうなので、黙っておいた。
 ららら〜石は何でも知っている〜♪とオペラのテノールソロのような節で歌ってから、黒塚はカマチを手招きした。
 「もっと詳しく調べよう。なに、九龍博士の大事な石なら、手を出したりしないから安心したまえ」
 何だかいろいろ突っ込みたい気はしたが、アニマロイドの礼儀として人間に逆らうことはせず、黙って進み出た。
 「さあ…石たちよ、彼の中の石に語りかけておくれ…」
 無機物である岩石が、何かの意志を発しているとは思えない。だが、内部にかすかな共鳴を感じ、黒塚の背後のモニターに凄まじい勢いでプログラムが表示されていっているのを見ると、どうやら特殊な方法で彼のプログラムを解析していっているのでは無いかという想像は付いた。
 皮膚に感じる室温は変わりないのに、何故か内部の熱が高まっていく。戦闘訓練でもこんなに熱を持ったことは無いのだが、とカマチは体温を下げる調節をした。
 緑色の波のようだった画面がようやく静止し、細かな文字が読みとれるようになる。
 「ふむ、九龍博士。君が想定したのは、回復エネルギーとは、彼自身のエネルギーを利用しているのではないか、ということかな」
 「あぁ。0から1を作り出すことは出来ないからな」
 黒塚はくいっと眼鏡を掛け直した。
 「当たっているよ。回復エネルギーは、彼のエネルギー炉から取り出されている。しかも、マスターに合わせる精度が悪いのか、必要エネルギーの約10倍を消費して回復エネルギーとしている。これではいくら半永久炉と言えど…」
 少しだけ黒塚の視線が上に向いた。
 どうやら暗算が数秒で終わったらしく、うんと頷き続ける。
 「愛玩用アニマロイドの寿命が約50年、戦闘用が、戦闘で全壊するのを除いた寿命が約30年として、彼の寿命は5年といったところだね」
 「5年!?…ふざけんなよ、フレンドル社!」
 「彼、プロトタイプでしょ?元々、プロトタイプの保証期間は3年だからねぇ」
 「そんな問題じゃねぇ!」
 怒り狂った葉佩が自分の手のひらに自分の拳を打ち付ける。
 腕が棚に触れたわけでもないのに、棚の石がわずかに震えて微かな不協和音を奏でた。
 黒塚が手元のガラスケースを撫でながら苦笑した。
 「落ち着いてよ。石たちが怯えているじゃないか」
 葉佩が何か言いかけて、また飲み込んだのが分かった。
 カマチは、ふと、彼のマスターが彼のために怒っているのだ、と理解した。
 カスカが言っていた。
 葉佩はアニマロイドを人間扱いする、と。
 アニマロイドなんて、詰まるところ使い捨ての人工物に過ぎないのに、どうやら葉佩はそうとは認識していないようだ。
 胸におかしな気分が湧き上がる。
 忠誠システムは解除しているはずなのに、マスターをマスターと認めて仕えたい、という気持ちになる。
 なるほど、カスカが別のマスターを登録していながら、葉佩を<愛している>と表現するわけだ、とカマチは思った。
 さて、では敬愛する<ご主人様>の気を楽にしてあげるには、どうすれば良いか。
 たった5年で機能停止するのに怒ったのなら。
 「…マスター。5年もすれば、もっと改善されて長持ちする攻撃回復両用タイプのアニマロイドが開発されると…」
 「マスターは止せ、と俺は言ったぞ。…つか、何だよ、それ。もっと新しいのが出るから、買い換えろってか」
 あれ、怒られた、とカマチは首を傾げた。
 「えーと、それに、僕は姉さんの敵を取れれば、それで満足だし…」
 「だからそれでいいってか、ふざけんな!」
 更に怒られた。
 自然とカマチの耳が垂れるのを見て、黒塚が口をはさむ。
 「ねぇ、九龍博士。彼はまだ君の思考回路を学習してないんだから、そんなに八つ当たりしないであげたら?」
 八つ当たり、と言われて、葉佩がぐっと詰まる。何か言いかけては止め、ふいっと目を逸らした。
 その頬に、カスカが慰めるようにすり寄った。
 <マスター>なんてどうでもいい、と思っていたのが、やはりちゃんと仕えてもいいな、と考え直したのに、どうすれば良いのか分からない。
 彼は<癒し系>というキャッチコピーが付いているが、基本的には戦闘用なのだ。戦闘は得意でも、人間の細かい感情の機微についての学習は弱い。
 おろおろしているカマチとふて腐れている葉佩を交互に見やり、黒塚は何事も無かったかのように普通に話し出した。
 「で、プロトタイプなだけあって、いろいろと試行錯誤した跡が見られるよ。エネルギーも、太陽エネルギーを利用できないか、とか人間と同じように食物を取って余剰エネルギーを得られないか、とか」
 そこで、黒塚は、うふふ、と不気味な笑いを漏らした。
 「それでね、そんな試行錯誤の痕跡は、そんなに隠されてないのに、妙に強固なプロテクトがその付近に存在するんだ。…興味ある?」
 「そりゃ…」
 反射的に顔を上げた葉佩が、黒塚の笑みを見て苦虫を噛み潰したような表情に変わる。
 「条件は?」
 うふふ、とまた笑った黒塚がわずかに指を動かすと、葉佩のHANTから電子音がした。
 葉佩が画面を見ていると、黒塚が幸せそうに机の上の原石に頬ずりした。
 「案件2983761号…シルバーが<呪い>が強すぎるっつって一端離脱した奴か」
 「報告は見たかい?第3階層の壁面…ガーデンクォーツが使われているように見えるんだ。…あぁ…素晴らしいよ…あんなに大きなガーデンクォーツの壁…」
 うっとりと夢見るように目を細める黒塚に、葉佩はうへぇと顔を顰めた。
 「…ちょっと待て、その壁をまるまる持って帰れって?無茶を言ってくれる」
 「九龍博士なら大丈夫だよ…君もまた、石に愛されているから」
 「遺跡の通路にも愛されてないと、持って帰れないんだがな…」
 とりあえず反論しておいてから、葉佩はHANTをしまった。
 「ま、カマチの性能確認がてら、どれか仕事を受けるつもりだったから良いけどな。じゃ、俺は準備してくるわ」
 「ふふ…楽しみにしているよ…あぁ…この壁にしようかな…それとも家の方に飾ろうか…」
 もうその壁を手に入れたかのように色々と想像を巡らせているらしい黒塚を置いて、葉佩は出口を向いた。
 カマチもそちらに行きかけて、手首を掴まれたので振り返る。
 「駄目だよ〜、君のプロテクトを外す対価として彼は遺跡に向かうんだから。大丈夫、そんなに長くはかからないよ」
 「外したら、連絡くれ」
 「あぁ、分かっているよ。ららら〜、石は何でも知っている〜♪」
 戦闘用アニマロイドに<恐怖>は無い。
 だが、眼鏡を光らせて、怪しい歌を歌いながら案外強い力で手首を握りしめてくる黒塚を見ていると、手術台の上に真っ裸で縛られているような、そんな心許なさを感じたのだった。

 葉佩が黒塚に呼び出しを受けたのは、もう日付が変わろうかという時刻であった。
 黒塚にしては時間が掛かったな、と思いつつも、慣れた道を通る。
 指を押し当てて扉を開くと、いらっしゃ〜い、と暢気な声がした。
 立っている彼のアニマロイドは、やや硬い顔で俯いている。何か不快なことでもあったのか、と黒塚を見ると、多少疲れは滲ませているものの探索が成功したハンターの顔で眼鏡をきらめかせた。
 「やぁ、九龍博士。ようやく彼のプロテクトが外せたよ。…喜びたまえ、君の懸念は解消した」
 「あぁん?」
 「プロテクト内には、彼の回復エネルギー源を別のものから供給するプログラムが残っていてね。そちらを組み込んでおいたから、彼のエネルギー炉ばかりに負担をかける事態は回避できたよ。これで、彼の寿命は約25年にまで延長した」
 「25年…」
 それでもまだ短い、とばかりに顔を顰める葉佩に、黒塚はうふふと笑って指を折った。
 「まず、第一に、彼が君より先に死ぬ場合。
  第2に、君が彼より先に死ぬ場合。
  第3に、君が彼に飽きる場合。
  第4に、彼のバージョンアップを重ねて、もっと効率よいエネルギー供給が出来る場合。
  第5に、彼の後継機に彼の自我を移植する場合。
  ほら、君が彼に置いて行かれる確率は、たったの20%じゃないか」
 どんな確率論だ、と突っ込むのは止めておく。黒塚なりに慰めてくれているのが分かるからだ。
 「それで、何からエネルギー供給するって?」
 「いやいや、なかなか理に適った方法だったよ」
 満足そうに黒塚はイスにもたれた。きぃきぃ、と小さな軋みを立てながら、無邪気そうに笑う。
 「人間を回復させるエネルギーなのだから…その供給元も人間の生体エネルギー、というのは考えてみれば当然のことだね」
 頷いてから、葉佩は手を顎に当て考え込む。
 人間の生体エネルギーを供給。
 まさか、マスターのエネルギーを吸い取るわけはない。それは本末転倒だ。
 だとすれば、他の人間の生体エネルギーを吸収して、マスターの生体エネルギーとして供与……いや、それは確かに理屈は合っているが、何というかこう。
 「どうせ戦闘用で、人間を傷つけるように出来ているんだから、僕としては有効な攻撃法だと思うけど。生体エネルギーを吸収することが、牙で切り裂くことよりも下品とは思わないしね」
 「…ま、そりゃそうだ」
 イメージとしては、吸血鬼とか死霊とか死に神に通じるものがあるが、だからどうした、と言ってしまえばそれまでだ。
 何より、それでカマチの負担が軽減するというなら、それに越したことはない。
 「是非とも、実際にやってみて欲しいところだが…」
 ここにいるのは、カマチの<マスター>と他1名。
 「ぶっつけ本番で悪いけど、敵にやってくれる?」
 「あぁ、そうさせて貰う。サンキュ、黒塚。明日には出るから、土産を楽しみにしておいてくれ」
 「待ってるよ」
 挨拶を交わして、葉佩は指でカマチを呼んだ。
 思い悩んだような表情で、うっそりと動くカマチの手を強引に取って、部屋を出る。
 「何を不機嫌になってるんだ。エネルギー炉に負担をかけなくて済むようになったのに」
 カマチは掴まれていない方の手を握ったり開いたりした。
 その手に、ぼんやりと紋章のようなものが浮き上がる。
 金色に光るそれを眺めてから、押し潰すように手を握り締めて、カマチは半歩先を行く葉佩の背中を見つめた。
 「…気持ち悪く、無いのかい?人間の生気を吸い取ることが出来る化け物なんて」
 癒し系だと思っていたのに。
 彼自身に、そのエネルギー吸収の記憶はない。たぶん、更に試作品の段階で組み込まれていたのだろう。
 そして、それが封じられたのは、それがあまりにも異質な攻撃法だからだろう。
 ひゅ、と空気が鳴った。
 咄嗟に避けようとしたが、手を握られているため完全には下がれない。
 カマチの首元にナイフを突きつけた葉佩が、それ自身が鋭利な刃物のような笑みを浮かべて見上げていた。
 「何が。俺はお前を殺せる。もちろん、その他大勢も一瞬で殺せるさ。お前はお前の方法で、俺や…他人を殺せる。ただ、それだけのことだろう?」
 カマチは彼の<マスター>を見つめた。
 たぶん、この人間に、カマチの気持ちが分かることはないだろう。<癒し系>であることに誇りを持っていたのに、それが根本から覆された気持ちなんて。
 …たぶん、葉佩にとっては、<根本から覆った>とは見えないのだろう。戦闘用アニマロイドに、攻撃法が一つ増えただけ。
 それはひどく単純な認識であったし…ひょっとしたら、正しい見方なのかも知れない。
 「だけど…封じられていた能力だ。動作確認の記録は無いし…どんな作用を及ぼすか分からない」
 「だから、明日向かう遺跡で試せばいいだろう?駄目なら、戦闘用としてだけ活躍してくれればいいし」
 さらっと言って、葉佩はナイフをしまった。
 何度見ても、どこから出てきてどこにしまわれているのかさっぱり分からない。
 おそらくは袖口に仕込まれているのだろうが。
 「もう飛行機チャーターもしてあるんだ。今日はもう寝るぞ」
 そう言って肩をほぐすような動作をしながら、葉佩は自室に入っていった。
 中には準備物と思しき一式がまとめられている。
 それを避けるように奥に向かって、ふと振り返った。
 「俺はシャワー浴びて来る。お前は、どうする?もう一回浴びておくか?」
 人間と同じような新陳代謝はしていないし、大して汚れるようなこともしていない。
 だが、葉佩が綺麗好きだと言っていたのを思い出して、カマチは頷いた。
 水音を聞きながら、カマチは周囲を見た。
 奥の部屋に熱反応を見つけて扉を開く。
 ベッドの上、枕の横でとぐろを巻いている黒蛇を見つけて、歩み寄る。
 何?と言うように首をもたげる蛇に、独り言のように呟いた。
 「彼は…変わっているね」
 蛇の首がゆらゆらと揺れる。
 「人間って言うのは、あんな風な考え方をするんだろうか。それとも、彼が特殊なんだろうか」
 返事は無かったが、カマチは別に構わなかった。
 30分ほどして出てきた葉佩に促されて、浴室に向かう。
 さっさと洗い流して自分の体臭を確認したが、何も感じられなかったので出ていく。
 用意されていたバスローブに腕を通して寝室に向かうと、ベッドに寝転がった葉佩が、布団を片手で持ち上げて、ぽんぽんと叩いた。
 どうやら呼ばれているらしいが、愛玩用じゃあるまいし、一緒に寝ろと言われてるんじゃ…と立ち止まると、葉佩が不機嫌そうに半目になった。
 「犬型でも人型でもどっちでもいいけど。さっさとおいで」
 「…マスター。僕は「そういう」用途には作られていませんが」
 「マスターは止めろと言ってるだろ。それから、そういう用途って何だ。寝るのに用途も何もあるか」
 途中であくびの混じった葉佩に、溜息を吐いて犬型になる。
 まさか姉と同じような真似をされるとは思っていないが、人間と添い寝するなんてのは、学習事項に入っていない。シングルベッドに同衾するなら、まだしも小柄な犬の方がましだろう。
 長い手足を折り曲げて葉佩の横に伏せると、葉佩が枕に頭を落とした。
 腕が伸びてきて首に巻き付いたが、引き寄せるでもなく攻撃するでなく、ただ乗せられているだけなのですぐに緊張を解く。
 何度か撫でるように手が動いていたが、すぐに止まり、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえ始めた。
 揃えた腕の上に顔を載せて、カマチも目を閉じた。
 アニマロイドに睡眠は必要無いが、それでも無駄なエネルギー消費はしないに越したことはない。
 これはどういう人間なんだろう、とカマチは何度目かになる疑問を持った。
 <宝探し屋>は、科学では解明できない古代遺跡の謎を解く特殊職業集団だ。
 いくら発達したコンピュータでも不可能な<勘>や<想像力>でもって、<秘宝>を探索する任務を主とし、建築学や歴史学と言った遺跡に関する知識から、仕組まれた罠を発見、解除する能力や、守り部や敵対組織との戦闘までこなすと言う。
 明らかに、現代とは逆行した野蛮な人間たちだ。
 <秘宝>によっては一攫千金で一夜にして億万長者となる者もいれば、こつこつと政府に依頼された任務をこなす者もいる。
 だが、たいていの確率で、<安全>な現代にはそぐわない<スリルジャンキー>であることが多い。
 今日一日の反応を見る限り、葉佩もまた<スリルジャンキー>の一人に違いない。
 本当に、彼は、姉の敵を取ってくれるだろうか。一般人よりは、その確率は高いだろうが…<宝探し屋>は<人殺し>では無い。たかがアニマロイドの同型機の敵なぞ取る義務は欠片も無い。
 だが、むしろ。
 ひょっとしたら…彼が止めなければいけないほど、無茶をするのではないか。
 そんな予感も、した。






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