アニマロイド 1
アニマロイド【名詞】
動物型アンドロイドの通称。
ただ既存の動物に似せた人工知能付き玩具から、動物の遺伝子を組み込み、それに近い能力を発揮することが出来るものまで様々である。
最新タイプでは、ヒューマノイド型に変身出来るものもある。
もちろん生殖能力は無いが、タイプによってはセクサロイド兼用にもなれる。
動物の遺伝子を組み込んでいることから、これは人工物ではなく生命体であると主張する団体が存在し、戦闘や性行為に使用するのは虐待行為であるとの主張から過激な行動を展開する団体もあるので注意。
そのアニマロイド専門店は、普通に通りに面していて、大きなショーウィンドウといい原色でPOP調の看板といい、明るい雰囲気を醸し出していた。
ガラス張りのショーウィンドウでは、愛らしい子猫タイプのアニマロイドがじゃれ合っていて、道を行く子供たちがしばし足を止めて歓声を上げていた。
大人も、時折足を止め頬を緩ませることがあったが、最近、過激団体による破壊行為が報道されていることもあり、見なかったふりをして通り過ぎたり、子供たちを急き立てて引っ張っていく姿も多く見られた。
そんな中、一人の青年がごく自然な足取りで店に入っていった。
店内は空いてはいたが、全くの無人ではなく、子犬を選ぶ家族連れがいたり、奥のヒューマノイドタイプに変化するものを、指さして笑い合っている青年たちもいた。
中に入ってきた青年は、しばし店の中の明度に慣らすように目をしばたいた。
それから確固たる足取りで奥へと向かう。
その姿を店内の監視カメラが追う。
青年は店員呼び出し用のパネルに手をかざし、
「店長を」
と一言告げた。
数十秒の間をおいて、壁がスライドし、奥から人が出てくる。
店員特有の如才ない愛想笑いを浮かべる男に、青年は小さく
「戦闘用を見せて貰いたい」
と囁いた。
愛想笑いはそのままに、店長は素早く目の前の青年をチェックした。
少年に近い年齢で、一見人畜無害そうな大人しい外見。
暴走行為に走るような今時の若者では無いが、却って、信念を持って過激行為に走るタイプだという可能性がある。もしもそんな客なら売るわけにはいかない。
何にせよ、一般客のいるここで詳しく話をするのもまずいため、店長は「こちらへ」と青年を促した。
ちらり、とヒューマノイドタイプの檻の前でたむろしていた青年の一人が視線をやったが、すぐに興味を無くして仲間の方へと向いた。
店の奥は、やはり表と同じように檻が整然と並んでいた。
それを見に行こうとする青年に立ち塞がるように前に出て、店長が申し訳なさそうに頭を掻いた。
「すみませんが、身分証明書か、紹介状をお持ちで?」
青年が手のひらを翳すように手を挙げる。
その手には、いつから持っていたのか掌大の機器が収まっており、緑色の文字を浮かび上がらせていた。
「ロゼッタ協会の…葉佩九龍さん。…はい、ロゼッタなら間違いありませんね」
ほっとしたように店長が息を吐き、今度は本物の笑みを浮かべる。
どうぞ、と言うように道を開け、手のひらで奥を指す。
「いやぁ、最近は物騒でねぇ。下手な人に戦闘用を売ったりしようものなら、自分どころか家族まで命が危ないと来てる」
「護衛用に一体買ったらどうだい?」
「ご冗談を!一般人に手が出る値段じゃ無いですよ!」
ぶんぶんと手を振る店長にくすりと笑って、青年…葉佩は檻の前に立った。
ロゼッタのハンターと分かれば、確かに足音も無く隙のない身のこなしのように見える、と店長は思った。まあ、そうはっきりと分かるほどの経験は無いが。
「ここじゃないけど、探索用アニマロイドを買っててさ。基本的に一人で潜るのが好きなんだけど、結構アニマロイドも良いなって思って。今度は戦闘に役立つのが良いかなって」
とん、と合図するように叩かれた胸から、するりと黒い紐のようなものが出てきた。
漆黒の体に銀色の目の蛇が、店長を見つめ、また懐へと帰っていく。
「カスカ、君も一緒に見てよ。相棒になるんだし」
またするりと伸びた黒蛇が肩の上でとぐろを巻いたかと思うと上半身が女性形に変化した。
「九龍の好きにすれば、いいわ…」
「そう?でも、どうしても生理的に合わない相手なら、止めといた方が無難だし」
言い交わしながら、檻の一つ一つを眺めていく。
焦げ茶色の豹が、眠そうな半目で尻尾を優雅に振った。
人懐こそうな黒犬が、肩の黒蛇に向かって、わん、と元気良く鳴いた。
「あら、可愛いわね…」
「気が合いそう?」
「ふふ…どうかしら」
言葉の割には惹かれているらしい黒蛇の意を汲み、葉佩は店長に顔を向けた。
「すみません、この子…」
その時。
店の更に奥から、うなり声と金属音、そして人間の悲鳴が聞こえた。
葉佩は咄嗟に手のひらにナイフを引き出しながら、音もなく駆けていった。
申し訳程度の衝立をくぐれば、そこには檻の電撃を浴びて叫ぶ獣と、その前で腰を抜かしたように座り込んでいる男の姿があった。
後から走ってきた店長が、苦い声で呟く。
「…やっぱり、駄目か。処分するしか無いな…」
「処分?」
聞き咎めて眉を上げ、葉佩は改めて獣を見る。
灰色がかった大きな犬が、青白い電撃を纏いながらも4本足でしっかりと立ち、ぎらぎらとした目で現れた葉佩と睨めつけた。
威嚇するうなり声から、遠吠えでもするかのように喉を反らせた犬に、店長が慌ててリモコンを操作する。
びしびしと音さえ立てて、隙間が見えないほどの電撃が檻を覆う。
があぁっ!!と苦鳴を漏らす犬に、葉佩は眉を寄せ店長を振り返った。
店長は額の汗を拭いながらぺこりと頭を下げた。
「すみません、どうも…これの攻撃は音波属性なもんで、こうでもしないと…」
今度は腕時計型の端末を操作しながら、ぼそぼそと説明する。
「攻撃も出来る、回復も出来るってのが売りのプロトタイプだったんですけどねぇ…こうも狂っちゃ回収して処分して貰うしか…やれやれ、こんな不良品を商品として流通させようなんてやば過ぎだろ」
最後は独り言になって、店長は顔を上げてまた商売人スマイルを浮かべた。
「もう攻撃はさせませんから、どうぞこちらで見て下さい。…えーと、アスカがお気に召したようでしたけど」
手を振って、元の商品枠の方へ誘導しようとする店長を見もせず、葉佩はただ檻と檻の中で叫ぶ獣を見つめていた。
「これ…何で狂ったんだ?」
「や、いや、うちの商品は安全ですよ!こんなになったのは初めてで、たぶんプロトタイプなんでどっかおかしかったんだと…」
「いきなり、何のきっかけもなく、こんな風に?」
「や…その…」
店長は咄嗟に言い訳をぐるぐると考えた。どちらが有利だろう。何のきっかけもなく、と言うのと、その事件を言うのと。
何のきっかけもなく、と言ってしまうと、どんなアニマロイドも、前触れ無く狂う可能性がある、と言ってしまうようなもので。
高額商品を購入しようと言う身元の確かな客を逃すわけにはいかない。
店長はハンカチを出して額の汗を拭った。
「いやぁ…それがその…本当は雄雌セットで来たんですけどね。雌の方が先に売れちゃって…」
「つがいの相手が恋しくてこんな風に?」
せせら笑うような響きに、店長はまた汗を拭った。
「や…それがその…悪い相手に当たったみたいで…10日くらいで、『不良品だから返金しろ』ってねじ込んで来まして…」
その時の不快感を思い出して、店長は思わず愚痴のようにぶつぶつと言っていた。
「何が不良品だってんだ。自分が用途外の使い方した癖に…こっちが客に強いこと言えないと思って無茶言いやがって」
「用途外?戦闘用なんだろ?」
「えぇまあ…護衛用って言われて、まあ、今のご時世だし息子が狙われることもあるかって思って売ったんですよ。そしたら…その…」
店長は少しだけ言い淀んで、軽く肩をすくめて見せた。
「女性型ヒューマノイドに変身できるんで…数人でね、遊んだらしくて。セクサロイドじゃないんで、そういう扱いされるとね。…本物の女性じゃ無いってんで、無茶して。で、ぼろぼろになったのを持ってきてぽいっと放って、『金返せ』ですからね。…本当なら用途外使用なら返金の義務はないんですが、相手が悪くて…本社指示で全額返金でしたよ」
「ふぅん…」
怒ったようにざわざわと身をうねらせている黒蛇を宥めるように撫でて、葉佩はちらりと檻を見た。
話を聞いていたのか、檻の中の獣が喉が裂けそうな咆吼を放った。
「それで、怒ってるのか。…頭の悪い子は嫌いだよ」
葉佩は檻の前に立ち、腰に手を当て淡々と言った。
「檻の中でそうして叫んで、何の役に立つ?俺がその相手じゃ無いって分かってるだろう?無意味に攻撃したせいで、お前は処分されるって訳だ。…馬鹿じゃ無いなら、ちょっと大人しくしな」
咆吼が止んだのを聞いて、葉佩は店長を見やった。
「電撃、止めてくれる?」
「え…ですが…」
「これじゃ、姿も見えないし。処分するより、俺が買った方が儲かるだろう?俺に買って欲しいなら、聞いて」
「いや、処分するつもりなんですが…さすがにまずいんで…」
言いつつも、つい電撃のレベルを落としていき、最弱にしてしまう。
あの返金があったせいで今月の売り上げはぼろぼろだ。本社も事情は知っているとは言え、数値が結果を示す会社なのは良く弁えている。このままでは良くて左遷、悪くてクビだ。
もしも、本当に買ってくれたなら、一気に売り上げは跳ね上がる。しかし、もし狂ったアニマロイドが主人を傷つけるなんて事態になったら、自分がクビになるどころの騒ぎでは無い。
逡巡している間に、葉佩は屈んで檻の鍵に手を掛けた。
「大丈夫、俺の自己責任ってことで」
まるで鍵など無かったかのように、掛け金が外れる。
「で、電子ロックと物理錠が…」
腰を抜かしていた店員が店長の背後から驚愕したように呟いた。
店長も驚いてはいたが、同時に納得もしていた。ロゼッタ協会所属で、かつ戦闘用アニマロイドを購入しようとするほどの稼ぎがあるなら…腕の良い<宝探し屋>であるはずなのだから、一般に流通している鍵を外すくらい朝飯前のはずなのだ。
開いた扉から、ゆっくりと灰色の獣が現れる。
間近で目を覗き込み、葉佩は相手の感情を探った。
まだ冷静にはなっていない。だが、<狂気>は見当たらない。ただ深く静かに怒っているだけ。
確かに殺意の欠片はあるが、自分に向けられたものでは無い。
そう分析した葉佩は、立ち上がってひょいっと手を犬の頭に乗せた。
「いけそうだね。じゃ、これを貰おうか」
「い、良いんですか!?それは、処分しようとしてたものですよ!?」
「何?まけてくれんの?」
くっくっと葉佩は笑って、改めて檻に表示された金額を確認した。
「1割でも引いてくれりゃ助かるけど…でも、まあ、1ヶ月もすれば返せる金額だし」
うん、と頷く葉佩に、店員が「すげぇ」と呟いた。
「普通に売ってくれれば良いよ。狂ってたってのは何かの間違いで、ごく普通に売買されたってことにしとけば良いんじゃないかな」
そう言って微笑んだ葉佩の顔に、店長は催眠術でもかけられたかのようにかくかくと頷いた。
何と甘美な誘惑か。
不良品として処分しようとしたものが、定価で売れるなんて。
「大丈夫。アニマロイド如きにやられるようじゃ、ハンター上がったりだから」
それで最後の躊躇も吹っ切れた。
相手は、攻撃型アニマロイドよりも更に攻撃力があるプロなのだ。一般人なら戦闘用アニマロイドが狂ったら為す術もなく殺されるだろうが、プロなら大丈夫なはず。
店長は、強ばった笑顔で、
「お買いあげ、ありがとうございます。それでは、マスター手続きをさせて頂きます」
と、業務用の決められた台詞を淀みなく告げた。
葉佩のデータを受け取り、アニマロイドのプログラムに組み込む。
灰色の獣に触れるときにはさすがに緊張したが、アニマロイドが攻撃してくることは無かった。
「お支払い方法は如何いたしましょう。3分割までなら可能ですが」
「一括で良いよ。面倒臭い」
「かしこまりました」
マンションが購入できるほどの金額が瞬時に口座から移される。
一瞬、羨望が店長の胸に渦巻いたが、相手の危険な職業を思い浮かべてすぐに自分を抑える。
「最新の忠誠システムをダウンロードしますか?今ならサービスとして半額で購入出来ますが」
「不要だよ。どうせ本部に戻ったら解除するから」
「…は?」
「プログラミングされた<忠誠>って、咄嗟の時の反応が悪くて不便なんだ。先輩たちもたいてい外してるよ」
「戦闘用ですよ!?」
あっさりと告げられた内容に、店長の方が悲鳴を上げる。
アニマロイドは基本的にロボット三原則が適用されている。だが、戦闘用はその縛りを外し、人間をも攻撃できるようになっている。その分、マスターに対する忠誠は強くして、マスター以外の命には従わないよう、マスターを攻撃しないようプログラムされているのだが。
もしも、忠誠を強化しない戦闘用アニマロイドがいれば、それはマスターを含む人間を攻撃できる能力があるということだ。
そんなことは、あり得ない、と今の今まで思っていた。
自分を殺す能力がある代物を、わざわざ縛りを外してやるなんて正気の沙汰では無い。
だが、今の言葉を聞けば、ロゼッタ協会の<宝探し屋>は多くがその<正気の沙汰では無いこと>を行っているらしい。
やっぱり、<普通>ではないのだ、と改めて店長は思った。
いくら金は稼げても、わざわざ危険に飛び込む職業を選ぶなんて、<普通>じゃない奴らばかりなのだ。
店長の目が<化け物>でも見ているかのような視線に変わったのも気にせず、葉佩は天井を見て呟いた。
「今の、やばかったのかな。…ま、いっか。聞かなかったことにしといてくれれば」
最後は店長に念を押すように言って、手の中のHANTを操作する。
「さて、と。そのまま出ると余計な手間がかかりそうだ。…人間型になって、裏から出た方がいいかな」
店長もその言葉を聞いて、店内及び玄関の監視カメラの画面を見る。
「過激派が来てますか?」
「様子をうかがってる奴はいるね」
言い切って、葉佩は背中の荷物を探った。
「人間型に変化しな。…まだ、名前も聞いて無かったけど」
灰色の犬が軽く身を震わせた。
1秒とかからずに身が伸び人間型となって立ち上がる。
「さすがに全裸じゃ無いんだ」
灰色がかって色の悪い肌の長身の青年は、その言葉に肩をすくめて見せた。
その下半身は黒い皮のズボンに包まれていたが、上半身は裸のままで、靴も履いていない。
「とりあえず、これだけでも羽織りな」
フード付きのスウェットを被ると、黒髪から突き出ている犬の耳も隠れるが、腕が突き出したり腹が見えそうだったりと如何にもサイズが合っていない。
葉佩は嫌そうに眉を顰めたが、他に予備の服は持っていないため、諦めて溜息を吐いた。
「しょうがない、いざとなったら振り切るか。…カスカ、しっかり巻き付いておきなよ」
「…分かったわ」
「…ごめん、勝手に決めたの、怒ってる?」
「九龍がマスターですもの…九龍の好きにするといいわ…」
黒蛇は言いながら上半身も蛇へと姿を変え、葉佩の懐に潜り込んだ。
「さて、と。裏から出させて貰うよ」
「ありがとう御座いました!またのお越しをお待ちしています!」
定型句を口にして腰を90°近く曲げる店長に手を振って、葉佩は促すように傍らの青年の腰を叩いた。
「さ、行こうか…で、名前は?」
「…カマチ」
くぐもったような声が、低く唸るように答えた。
「はいはい、カマチ、ね。詳しい話は落ち着いてからするから、とりあえず付いておいで」
裏から出ていった葉佩は、頭に上げていたゴーグルを装着した。
ふぅん、と呟いて、表通りとは逆方向に歩き出す。
「…追ってきているのは、3体」
半歩遅れて付いてきているカマチが、低く囁いた。
「へぇ、よく分かるね。レーダー付いてる?」
「聴覚で」
「なるほど」
葉佩は不意に走り出した。
助走を付けて壁へと登り、そのまま走って今度は屋根の上に飛び移る。
それらは全て音もなく行われたため、住人には気づかれない。
屋根の上を走りひょいと隣へ移り、また走り飛び越えて…ふわりと別の裏通りに降り立ったのは、完全に追っ手を撒いたと自信があるため。
当然のように付いてきたカマチを当然のように迎え、エアバイクの後部座席に案内する。
「しっかり捕まっておきなよ」
腰に長い腕が巻き付くのを確認して、葉佩はエアバイクをスタートさせた。