黄龍妖魔學園紀  独白・葉佩編





 最近、かっちゃんは元気が無い。
 まあ、前から元気溌剌って言葉とはかけ離れた人だったけど。あぁ、いや、バスケ部のエースなんだから、溌剌としてる場面もあるんだろうけど…うっわ、想像できねーっ!見たいなー、かっちゃん、背ぇ高いから、きびきび動いたらすっげ格好良いだろうなー。うわー、想像だけでも惚れ直しちゃうね、俺は。あ、いや、俺の想像が合ってるかどうか知らんけど。
 …って、話が逸れてるぞ、俺。
 まあ、とにかく。俺が知ってる『取手鎌治』の標準値からすると、元気が足りないって感じ?
 理由は、だいたい想像はしてるんだけど。うーん、自惚れすぎかなぁ、俺のせいだってのは。
 かっちゃんには色々と大事なものがあるからなー。ピアノとかバスケとかお姉さんとか。
 ひょっとしたらバスケ部を引退したのを悔やんでるのかも知れないし…どっちにしても三年は引退してる時期だと思うんだがなー…音大の推薦を受けるには出席日数が足りないってことかもしんないしー、スランプでうまく指が動かないのかもしんないしー。あ、いや、いつでもかっちゃんのピアノは素敵だよ?すっごいほわほわするしー。でも俺って音楽的素養に欠けるから、細かいことは分からないし、本人にしか分からないような技術があるのかもしんないしー。
 って、色々と理由を考えてみたんだけど、やっぱ俺のせいのような気がしてならない。
 だいたい、ピアノ弾いてる時は、えーと無我の境地ってやつ?何か穏やかな顔で幸せそうなんだもん。
 それが、俺を前にすると…何かねー。
 うまく表現できないけど、苦しそうって言うか…すっげー眉が寄ってるんだな。
 一応、俺とかっちゃんはその…こ、こ、『恋人』ってことになってるわけでー。
 俺はね、かっちゃん見ると嬉しくなるよ?そりゃまあ…その…前の日のことを思い出して恥ずかしくなるときもあるけどさー。でも、基本的には、嬉しいさ。だって、す、好きな相手を見てりゃ嬉しくなるのって普通だろ?
 なのに、かっちゃんは俺を見ても、少しも嬉しそうな顔にはならない。
 むしろ苦悩?
 そりゃ俺だって考えるよ、そんな風な態度になられたら。ひょっとしたら、俺って嫌われたんじゃ〜とか。やっぱ男同士ってのは無理があったのかー、とか〜その〜…エッチがその…気持ちよくなかったのかなーとか〜…俺、女の子としたことないから、どれだけ男同士と違うのか、正確なところは分からないけどさ、やっぱ『普通』じゃないんだしさ、何かと無理があるんじゃないかと愚考する次第でありますよ。俺らしくもなく。
 でも、そこが根幹じゃない気がするんだよなー。
 だってその〜かっちゃんってば、その〜…エッチが、ね。すっごくその…濃厚っつーか…あ、いや、基準を知らないけどさ。
 あれだけ毎晩するってことは、俺の体がそれなりに気持ち良いってことじゃん?そうじゃなきゃ、しないでしょ、普通。
 でもさ、エッチの最中のかっちゃんって…その…すっげ意地悪なんだよなー。
 俺のこと好きとか言うくせに、全然遠慮とか気遣いなんてしやがらねーもん。
 まずは、入れる前にめっちゃ焦らされるっしょー?体中がうずうずして我慢できないところまで追い込まれてぐったりしてるところにようやく入れたかと思うと…今度はすっげー激しくなるし。そのくせ、俺が先にいきかけたらせき止めるんだもんなー。あれは勘弁して欲しいよなー。
 もう終わる頃には、俺、疲労困憊でー。
 だいたい、意識失ってるもんなー。
 …い、いやまあ…気持ちよすぎてトリップしてんじゃないか〜とか言われると…反論出来ない気もそこはかとなくするけどさ。
 でも、疲れるのは本当。いや、マジで。
 何てーかこう…体力を振り絞ってるっていうか…ほら、雑魚相手に30分戦うより、一瞬でも気を抜いたら負けってくらいの相手と1分戦う方が、神経使うじゃん。終わったらぐったりするし。
 あ、かっちゃんの名誉のために言っておくと、かっちゃんが1分で終わる訳じゃないからな、念のため。
 んでさ。
 その神経戦を終えると、俺はたいてい意識を飛ばしてるんだけど、完全に意識が無い訳じゃなくて〜えーと半覚醒?半分夢の中〜みたいな状態ってあるじゃん?ああいう感じなんだけど。
 そーゆー時に、かっちゃんが泣いてるんだよなー。
 ごめんね、ごめんねって繰り返しながら、俺の体を抱きしめるん。
 酷いこと言ってごめんね、とか、無理させてごめんね、とかさ。
 いやまー、正直、酷いっちゃ酷いこと言ってるけどなー、実際。
 もー、絶対かっちゃんってば虐めっ子だよ。
 本気でむかつくときもあるこたあるんだけど、でも、そうやって終わった後でしくしく泣かれたらなー。怒るわけにもなー。
 いや、ホントに「かっちゃんてば俺のこと嫌い?」とか思っちゃうようなこと言うんだわ。でも、本気で反省してるみたいだから、ま、いっかとか…うん、まあ、惚れた弱みってやつかもしんないけど。
 でも、俺の意識があるときには謝らないのな。
 ひょっとして、かっちゃん、俺に嫌われたいんじゃ、とか思う時もある。
 つーか、俺のこと試してるのかなー、とか思う。
 普通、あれってば、あれだよ、えーと…そう、DV!どめすてっくばいおれんすとかいう奴だよなー。
 いや、肉体的に暴力ふるわれるわけじゃないけどさ。精神的に何つーかこう…追いつめられると言うか…。
 どこまで言ったら俺に嫌われるのか計ってるって感じもする。
 でも、泣くんだもんなー。あんな風にひっそり泣かれたら、嫌うどころかよしよしって頭撫でたくなるな。
 虐めっ子と泣き虫さん、どっちが本当の鎌治さんですかー、って聞きたくなるよ、実際。
 ま、どっちもかっちゃんだろうけど。
 かっちゃんは、きっと繊細過ぎるんだよな。だいたい『俺のことが好き』ってのも目で全て物語ってるもん。愛情があれだけ剥き出しになってるのって、すっごく怖くないかな。
 俺は神経がナイロンザイルなんだよなー。
 だから、かっちゃんがどーゆーことに傷ついてて、どーゆー風に感じてるのか、いまいち分かってないんだと思う。
 かっちゃんも、そのたびに言ってくれたら良いんだけど、あまり喋ってくれないし。元々無口なんだよね。…その…エッチん時は、別人か!っつーくらい良く喋るけどな…しかも、サドっぽいことを…。
 あのサドっぽいのって、あれかな、遺跡のなかで墓守してたバージョンなのかな。あんまり普段と区別出来ないけど。
 そもそもあの墓守バージョンってのが、かっちゃんの繊細さの極みだよな。自分で自分の負の心に耐えられないって、俺には絶対真似出来ないもん。
 でも、どうなんだろ。かっちゃん的には、墓守バージョンって区別あるんだろか?また墓守バージョンになっちゃったーごめんねーって感じ?
 うーん…そうは思わないんだけどなー。やっぱあくまでかっちゃんはかっちゃんって気はするなー。
 

 その日も、探索帰りで疲れてたけど、かっちゃんに部屋に連れ込まれて散々泣かされた。
 特に、その日はかっちゃんを呼ばなかったのがお気に召さなかったらしい…。
 だってさー、かっちゃんと一緒だと嬉しいけど、だんだん敵も強くなってるし、もしかっちゃんの指に何かあったらどうしようってすっごく不安なんだもん。傷くらいなら良いけど、骨折したり、もし指が動かないなんて事態になったら、俺がかっちゃんを殺したも同然じゃないか。
 だもんで、最近は怖くてかっちゃんを呼んでなかったんだけど…かっちゃんは焼き餅妬きさんだからなー。
 入れたまんま、ちくちくちくちく嫌味は言うし、「今度は連れていく」って約束するまでいかせてくれなかったし……最後には諦めたけど。いや、俺が。まー、クエストで上の階層ばかり拾っていけば大丈夫かなーと…。
 あー、くそ、股関節が痛い。
 最近の俺は、中国雑技団に入れるんじゃないかってくらい柔軟性を要求されてると思う。だいたい、かっちゃんと俺とじゃ体格が違うのに、片足を担ぎ上げるのはちょっと無理があ…い、いや、そんなことはどーでもよく。
 ま、いつも通り…ホントに誇張じゃなく『いつも通り』なのが悲しい…散々泣かされた挙げ句に意識を飛ばしていた俺でありますが。
 首の回りに冷たい感触が回されたのには、ちとびびりましたな。
 たぶん、かっちゃんの指だと思うけど…まるで首を絞めてるみたいな回し方だったんで、さすがに起きなきゃならないかと思ったんだけど。
 でも、結局指の力は増すことなく、ただ頬にぽたぽたと熱い滴が落ちてきて。
 あー、また泣いてるんだなーって。
 かっちゃんは、俺を殺したいのかな。
 でも、殺そうと思えば殺せたのに、殺さなかったしな。
 第一、殺したくなる動機が分かんないし。
 何か言ってくれれば分かるかと思ったんだけど、かっちゃんは黙ったまんまで指を外して、俺の体を拭いた後、一緒に寝てしまった。
 どーしてこう無口かなー。
 かっちゃんが完全に寝入ってから、俺は少し身じろぎした。…うー…ちょっと出ちゃった…。
 なるべくそーっと体を動かして、俺を背後から抱き締めるように寝ているかっちゃんを向かい合わせになる。
 夜目の中でも白い顔は、苦しそうじゃなく普通に寝てる感じだった。
 でも、元々彫りが深い顔だけど、一段と目が落ち窪んでるような気がする。
 前髪が作る陰のせいじゃないよな、と髪を払ってみたけど、やっぱり痩せたんじゃないかと思う。
 かっちゃんは、美少年さんだ。
 ちょっと髪がばさばさ〜とか、ちょっと眉が薄い〜とか、ちょっと顔色が白い〜とかあるけど、全体的にはとても綺麗な顔をしてる。それが憂いを帯びるくらいは良いけど、痩せちゃうのはもったいないよな。
 まー、毎晩体力消費してるとは思うけど。でもどうなんだろ、バスケとどっちがエネルギー使うんだ?
 もっと食わせればいいんだろか。うーん。
 かっちゃんは、顔も綺麗で、体も綺麗。
 皮膚なんかきめ細かくて吸い付くようで、俺の傷だらけの皮膚なんかよりずっと触り心地が良い。
 それから、何てったって、心が綺麗なんだと思う。
 純粋過ぎて、『男』を好きになっちゃった自分が耐えられないのかな。それとも、俺がエッチの時、辛そうに泣くから、落ち込んでるんだろうか。…言い訳するなら、それはかっちゃんが虐めるからであって…いや、まあ、良いんだけど。
 あぁ、困ったなー。
 俺は、かっちゃんに笑っていて欲しいのに。
 かっちゃんに幸せになって欲しいのに。
 何でかっちゃんは俺といると、不幸せそうなんだろう。
 いっそ、無かったことにした方が良いんだろうか?
 でも今更、何事も無かった頃には戻れない。
 第一、俺はかっちゃんが好きで、かっちゃんと一緒にいたい。
 とすると、かっちゃんの望みには気づかないふりをして、ひたすら今の関係を続けるしか無いんだろうか?

 でも、そもそも、かっちゃんの『本当の望み』は何だろう?

 じーっと眺めていても、誰も答えてくれないので、俺はかっちゃんの頭をちょっと撫でてから、綺麗に筋の通った鼻にキスをした。
 「かっちゃん、す…好き。大好き」
 ふふふ、俺も進歩したのだ。
 かっちゃんが寝てさえいれば、ちゃんと「好き」と口に出来るようになったのだ。…いや、うん、意味ねーって分かってるんだけど。
 でも、確かに「好き」って言葉にするのは悪くないと思う。だって、「好き」って言うと、何かこう胸の奥からふわーって暖かい気持ちが湧いてくるし。
 あ〜、一緒にいたいなーって思う。
 だから、俺は、かっちゃんの寝息が規則的なのを確認してから、そっと言ってみた。
 「ずっと一緒にいようね」
 そしたら、きゅうにかっちゃんの目からすーって涙が一筋こぼれたんで、すっごい吃驚した。だって、寝息も、表情も変わらないのに、涙だけすーって出てくるんだもん。
 どしたんだろ。怖い夢でも見てるのかな。
 でも、起こすのも何だし…うーん。
 しょうがないので、俺はかっちゃんの涙を舐めてみた。当然、しょっぱいわけだが。
 で、かっちゃんの手をぎゅっと握って、
 「大丈夫だよ、俺が付いてるからね」
 って言ってみた。これでかっちゃんの夢の中に俺が出てきて、かっちゃんを助けてくれると良いんだけど。
 かっちゃんの手に、ちょっとだけ力が入った。よしよし、俺の手が助けになると良いな。
 さーて、と。
 おやすみなさい、かっちゃん。
 かっちゃんが、良い夢を見られますように。







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