ロマンスを目指して



 葉佩九龍は焦れていた。
 半ば自棄のように取手の部屋に泊まること、はや数日。
 その全ての日において、夜中にこっそり悪戯されている。
 しかも段々エスカレートしてきて、ちょっとくらい彼が声を漏らしても中断されることなく『色々』されている。
 別に、それ自体が悪いわけでは無い。
 取手が飽きることなく彼の体に興味を持ってくれることは喜ばしい。
 だが、問題は。
 「いい加減、こっちの意識がある時にして欲しいですよっっ!」
 自分のベッドで、ぱふぱふと抱き枕に八つ当たりしてみる。それから、抱き枕をぎゅーっと抱きしめて、呟いた。
 「あ〜あ。どうしたら良いのかなぁ…」
 思いつく限りの誘惑はしてみた。しかし、あの男と来たら、起きている間はそれをさらりとかわしておいて、寝てから興奮しやがりまして。…いや、寝てから、というか無理矢理寝かせてから、というか。
 彼が『抱き合いたい』と思っているのと同様、取手も『抱き合いたい』はずである。
 まさか、彼の体を舐めたり…え〜と、その他いろいろ…だけで満足しているとは思えないのだが。
 しかし、実際には、意識のある彼としていることは、キスのみ。しかも、唇が触れるだけの可愛いやつ。
 何だかなぁ、と彼は溜息を吐き、抱き枕に顔を埋めた。
 もうこれ以上強烈な誘惑法が思いつかない。
 誰かに相談しようか。
 彼は、眉を顰めてしばらく唸った。
 だいたいにおいて、彼の仲間は、取手と彼の仲を認めている。しかし、どうやったら体の関係まで持っていけるか、なんてものに習熟している仲間はいない、と思う。
 真里野、トト、墨木あたりは問題外。言っただけで卒倒しそうだ。
 生徒会連中(役員)に弱みを握られるのもちょっとイヤ。
 女の子に相談するのは、やっぱりまずいだろう。
 皆守…何となく、やばい気がする。あの男が自分を『そう言う意味で』狙っているとは思わないが、妙に嫉妬深いというか何というか、邪魔をしそうな予感がする。
 黒塚…石を交わる方法なら知っているかもしれないが、とりあえずそんなものはいらない。
 肥後…ネットで調べることは出来るかも知れないが、それで解決するものならとっくに自分でやっている。
 とすると、残るは。
 夕薙か、朱堂か、ルイ先生あたりか。
 しかしルイリーは相談がそのまま取手に筒抜けになる危険性がある。いや、カウンセラーに守秘義務はあるだろうが。
 さて…夕薙か、朱堂…。


 「あ〜ら、ダーリンってば目が高いわぁ〜!」
 と言うことで、朱堂の自室に訪ねてきた葉佩である。
 室内に満ちたバラの香りにくらくらする。基本的に匂いがきついのは苦手だ。本当ならこんな自分の服にまで匂いが染みつきそうなところには一歩も入りたくないのだが、この際仕方がない。
 「まあ、ちょっと妬けちゃうけどねっ!でも、ダーリンがあたしを見込んで来てくれたんだもの、茂美、頑張っちゃうvv」
 「ありがとう、朱堂くん」
 「あぁん、そんな他人行儀な…すどりんって呼んでvv」
 「で、早速ですが」
 「あら、素無視?いけずなところも、素敵っ」
 極力、息を吸い込まないよう努力しながら、彼はびしっと正座して言った。
 「で、どう思います?俺に、何が足りないんでしょう?」
 「あらっ、そうねぇ…」
 朱堂は綺麗にマニキュアを塗った細い指を顎に添えて、ばしばしと長い睫毛を瞬かせた。
 ベッドにぽすんと座って、足を組む。
 「最近の若い男で、オタクって奴はフィギュアに萌えて、生身の女の子は怖くて話もできないって言うけど…かっちゃんは違うわよねぇ…」
 「…かっちゃん…?」
 「あ〜ら、殺気を飛ばすのはやめて頂戴。あたしの股間が疼いちゃうわ」
 彼の底冷えする気配をさらりとかわした朱堂は、女性らしい仕草で首元のスカーフを直した。
 「つまり、こういうことよね?かっちゃんはダーリンのことが好きで、体も、欲・し・いって思ってるけど…きゃっ、茂美、照れちゃうっvv…それをダーリンに言うことは出来ない状態なのよね?」
 頬に手を当てて恥じらう朱堂だが、顔の面積の方が大きすぎて、全く顔は隠れていなかった。
 「うーん、あたしなら…」
 いきなりにやりと笑って、低く言う。
 「こっちが襲ってやるところだが」
 そして、また甲高い声に戻って高笑いする。
 「ほほほほ、でも、ダーリンはそれはやりたくないのねっ!?」
 「えぇ。あくまで、かまち君の意志で襲って頂きたいものです」
 「素敵!素敵よぉ〜!それでこそ、あたしを倒した男だわっ!」
 顔面にマシンガンを叩き込むのと、男に襲わせる策略を練るのとは、全く関係が無いような気はするが、彼はあえて口は挟まなかった。
 朱堂は、いきなり真面目な顔になって天井を仰いだ。そして、深く溜息を吐く。
 「とは言ってもねぇ…実はあたしも妙案があるわけじゃないのよ。男に襲わせる確実な方法があるなら、あたしがまず試してるわ」
 朱堂という男は、いや、オカマは、実は外見に反して奥ゆかしく、まずは一緒の食事や手を繋ぐところから始めるタイプなのである。そのような大和撫子なオカマは、嫌がる相手に無理に迫ったりしない。それこそ、相手に襲われる願望なのである。
 「あたしの場合と違って、相思相愛なんだし、ダーリンは可愛いし、障害は少ないはずなんだけど…」
 「朱堂くん…」
 「ふっ、慰めはいらないわ。あたしは自分のことくらい、ちゃーんとわきまえているのよ」
 「自らを知り、可能な範囲で自分をより良く見せる努力をするのは、己をわきまえずに見かけに拘るよりも、よほど美しいことです」
 「あら、ありがと」
 朱堂はぴょんとベッドから降りて、自分の本棚を探った。各種女性雑誌や「自分を綺麗に見せるテクニック」といった類の本が並ぶ中、文庫本を取り出してぱらぱらめくる。
 「こういう場合は、やっぱりハー○クインロマンスかしら…」
 ハー○クイン。恐ろしくメロドラマな展開の純愛シリーズである。
 「障害があるほど、愛は燃え上がる…うーん、男同士って言う時点で障害と言えるかしら…二人とも全く気にしてないみたいですものね…」
 「…すみませんね…」
 「貧乏な青年とお金持ちの女性…違うわね…」
 ぶつぶつ呟きながら、朱堂は本棚の文庫本を次々に眺めている。
 「えーと、気弱な青年と勝ち気な女性…あ、これが参考になるかしら」
 ぱらぱらと流し読みした朱堂が、うん、と頷いた。
 「これよ、ダーリン!この物語ではね、とっても気の弱い男が、どうしてもプロポーズ出来ないでうじうじしてるうちに、他の男が女にちょっかい出して婚約しちゃって、そこでようやくヒロインにプロポーズするの!あぁん、情熱的〜!」
 朱堂は本を抱きしめて身悶えしている。彼はその本の内容は知らなかったが、気弱な男が突き抜けた時には、さぞかし勢い余ったプロポーズをしているのだろう、くらいの想像は付いた。
 「やっぱりね、嫉妬って、すっごいエネルギーだと思うのよ」
 ちっちっち、と指を振って、朱堂は真剣に言った。
 「誰が見たって、ダーリンがかっちゃんのこと好きなのは目に見えてるじゃない?だから、かっちゃんも安心してられるのよ。そ・こ・で!
 くわっと朱堂は目を見開いた。
 ちょっと後ずさったはばきに構わずびしぃっと指を突きつける。
 「他の男に取られそうになったら!『九龍くんを僕のものにしておかなくちゃ』って思うわ、きっと!」
 朱堂の物真似は、皆守以外もうまかった。
 不覚にもちょっとくらっときた彼は、ぶんぶんと頭を振る。そして、ゆっくりシミュレートしてみる。
 「そう…かもしれませんね」
 取手が引っ込み思案だったものだから、彼は最大限に好意を表現してきた。取手が「どうせ僕なんか相手にしてくれっこない」なんてことを考えずに済むように、そりゃもう露骨に笑顔を振りまいてきたのだ。
 彼としては、だからこそ、『どんなことをしても取手を嫌いになったりしない=いたしちゃってもOKv』と伝えているつもりだったが、逆に安心されている可能性は確かにある。
 彼は、自分が任務を終えたらここを去ることを知っている。
 ひょっとしたら、それっきり取手のことを忘れる可能性もある。
 だから、焦っているのだが、それを知らなければ、今のぬるま湯のような関係に浸っていたい、と思うのも無理は無い。
 「他の男…ね」
 取手の嫉妬心を煽るような相手、かつ、協力を得られそうな相手。
 ちなみに、目の前の男は…いやオカマは、協力はしてくれるが、取手は本気で心配したりしない気がする。
 とすれば。
 彼は、立ち上がった。
 「ありがとう、朱堂くん。参考になりました」
 「あ〜ら、ダーリンのためですもの。茂美、いつでも協力しちゃうvv」
 きゃっとしなを作った朱堂を視界から外しながら、彼は決意を秘めた顔で出ていこうとした。
 そして、扉のノブに手を掛けてから振り返る。
 「念のため言っておきますが」
 「あら、他の人に言ったりなんかしないわよぉ」
 「そうじゃなくて」
 彼は、うっすらどころかありったけの殺気を込めて低く言った。
 「覗き・盗撮・盗聴行為等を認めた場合は、容赦なく殺しますから」
 「あら」
 朱堂は、少し後ずさって、それからわざとらしい高笑いを上げた。
 「おーっほほほほほ!しないわよぉ、そんなこと!ダーリンのためですものねぇっ!」
 「なら、良いです」
 にっこり微笑んで、彼は部屋を出ていった。
 
 さあ、まずはこの匂いを落として来よう。

 そして、それから。







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