特記事項:改造好きです
「今、戻ったぞ、厳十朗」
玄関から見える範囲に執事はいなかったが、阿門はそう口に出して屋敷に入った。
子供の頃から教育を施された相手には弱いのである。
だが、いつもならすぐに姿を見せる執事がすぐには現れなかったため、阿門は片眉を上げた。
奥へ、と向かえば、大広間の扉が開いていて、中から声が漏れていた。
「厳十朗?」
「これは、坊ちゃま。お帰りなさいませ」
微笑みながら出迎えた執事の向こう側には。
「お帰りです、阿門くん」
床に座り込んでいた葉佩が、目を上げてにぃっと笑った。
「…何をしている」
主の未帰宅な屋敷に通されるとは何事か、という意味ともう一つ。
葉佩の前にはシャンデリアが置かれていた。それに、何やら用途不明な道具もちらほら。
本当の意味で『何をしている』のかがさっぱり見当も付かない。
葉佩は緑色のゴーグルを降ろして、シャンデリアの水晶のような飾りに何かを焼き付けながら説明した。
「遊びに来たんですよ。そうしたら、マスターが、侵入者を許したって落ち込んでたでしたので、撃退用の品を作ってる最中です」
「…貴様に、そのような真似をされる覚えは無い」
「俺も、セ○ムか何かに頼めば良いと思ったですけど、ここには来られないですってねー」
「部外者を校内に入れるわけにはいかないからな」
そもそもこの学園内には生徒及び職員しか住んでいない。それらが学園で最も権力を持つ生徒会長宅に忍び込むとは思えなかった。
まあ、実際、ファントムに侵入されたが。
「だから、自動感知式侵入者撃退用追尾システムを構築中です」
それで説明終わり、と言いたげに、葉佩はまた手を動かし始めた。
一見、シャンデリアに変わった様子はないが、横に置かれた意味不明な道具の山は確実に減っていく。
葉佩を問いつめるのは諦めて、阿門は、重い声で執事を呼んだ。
「厳十朗…」
「勝手なことをいたしまして、申し訳ございません」
「俺が勝手にやってるですよー」
すぐさま返った謝罪と、それをフォローする言葉に、阿門は低く唸ってそれ以上口を出すのは止めておくことにした。何だか自分が悪者のような気がしたし。
それに…正直、興味が無くもない。
<宝探し屋>が構築する侵入者撃退システムとは何なのか。
手動ではなく自動のようだし、素人がどのようなものを作り上げるのか。
ということで、阿門は無言で腕を組み、葉佩の作業を見守った。
しばらくして、葉佩が、「出来た」と無邪気な笑いをこぼした。
脚立でシャンデリアを天井に吊り下げ、位置を調整する。
一見、元通りのただのシャンデリアのようで、阿門は内心首を傾げた。
葉佩が、阿門をちらっと見て、にっこりと笑う。
「成果を見てみたいでしょう?」
「む…まあ、な。貴様が何を仕掛けたのか、明らかにしておきたい」
「じゃあ、試してみますねー」
我が意を得たり、と言った顔で、葉佩はポケットから携帯を取り出した。
ぴぴっと操作して耳に当てる。
「あ、甲ちゃん?お願いがあるんだけど」
甘ったるいお強請り口調なのに、何故か背筋が寒くなった気がした。
「阿門君のね、屋敷に来て欲しいんだけどぉ…うん、あ、玄関からじゃなくってー、広間の方のテラス戸から。…うん、そう。大丈夫、阿門君もここにいるから。…じゃ、待ってるね」
まだ携帯からは何か聞こえていたが、葉佩はさくっと通話を終了させた。
「ま、甲ちゃんなら大丈夫でしょ。見切れるし」
独り言に、阿門は眉を寄せた。
あいつはまだ本気を出していないはず。だが、思い切り『見切り』を見破られているとはどういうことだ。
それに、随分と…冷たい言い方だったようだが?
古馴染みに少しばかり同情していると、執事が静かに口を開いた。
「あの、葉佩様。失礼ながら、これはどのような…?」
「んーと…えーと…うーん、やっぱり見て貰うのが一番だと思いますよ」
葉佩が天井のシャンデリアを見上げて、にんまりと笑った。子供がプラモデルを上手に組み立てて自慢するような顔だった。
それから、少しして。
「侵入者を発見しました」
無機質な女性の声がどこからともなく聞こえて、阿門は少しばかり体を揺らした。
明るい室内からは、テラス戸が反射して暗い外が見難い。だが、侵入者、と言う限りは、皆守が来たのだろう。
「エネルギー充填します」
…待て。
エネルギー?
慌てて見上げたシャンデリアの、無数にぶら下がった水晶のような飾りの一つ一つに紫色の光が宿る。
「エネルギー充填率100%。第一撃、発射します」
無数の飾りから、紫色の光が一点へと放たれた。シャンデリアの下20cmの位置に集まった光が、テラス戸へと走る。
ちゅいいいいいいいいん!!
直径1mほどの奔流が、テラス戸を突き抜けた。
「のええええええ!」
外から、悲鳴が聞こえる。
「ちっ、外したか」
…室内からは、舌打ちが。
いや、待て。
ガラス戸は破壊されていない。一見巨大なレーザー砲だが、ただの虚仮威し…と思いたい。
だが、外の風景が微妙に変わった気がして、阿門は眉を顰めた。
黒いシルエットでしかない中庭の風景のどこが…と考えているうちに、執事が残念そうに首を振った。
「あれは、樹齢30年の楠だったのですが…」
楠。確かに中庭にあった。天に向かってそびえ立つ立派な樹木。
それが…上部が消え失せている?
「うわ、ごめんなさい!出力方向微調整仰角2度!」
「了解しました。出力方向仰角2度に調整します。第2撃、発射準備」
葉佩の叫びに答えて、無機質な女性の声が淡々と報告する。
「待たんか、葉佩九龍〜〜〜!!」
どうにか第2撃の前にテラス戸を開け、皆守を室内に引っ張り込むことに成功した阿門は、
「九ちゃん〜!そんなに俺が嫌いかぁっ!?」
「え〜、気のせいですよ、甲ちゃん♪」
「死ぬかと思ったぜ!?」
「だってぇ、甲ちゃんなら大丈夫って信じてたものぉ」
「無茶言うな!俺はレーザー砲と喧嘩する度胸はねぇんだ!」
「だって、甲ちゃん以外にこんなこと頼める人いないんだもん…」
「…うっ…」
「甲ちゃんなら、大丈夫って…思ったんだもん…」
「わ、悪かった、九ちゃん。その…信用してくれて、あ、ありがとうよ」
「…怒ってない?」
「怒ってねぇよ。だから、もう泣くなって」
「えへへ〜、それじゃ、一緒に帰ろ?」
「あぁ、帰るか」
ものの見事に、皆守が懐柔される様を、呆然と見守ったのだった。
そして、葉佩が「ば〜いび〜」と手を振って去った後には。
ばっさりと円形に抉り取られた中庭の樹木と、怪しく光るシャンデリアが残されたのだった。
「とりあえず…このシャンデリアは片づけておきましょうか?」
「…そうしておけ…過剰防衛で殺人に走る趣味は無い…」
天香学園生徒会長阿門帝等。
この時ほど、己の片腕の神経に疑問を抱いたことは無かった。
「本っ当〜〜に、そいつが良いのか?」
呟きは、誰に聞かれることもなく、夜の闇へと消え失せた。
ちなみに。
いったんは、しまい込まれたシャンデリアだったが、レリックドーンの襲撃を許してしまった千貫の自戒の念から、再び大広間の天井へと吊り下げられたという。
今のところ、それが第2撃を発射したという記録は、無い。