心の支え




 えーと、ルイ先生。
 聞いてくれますか。
 はい、ありがとうございます。他の人にはちょっと…相談出来ないので。ルイ先生なら、どうしたらいいか、教えてくれるかなと思いまして。
 
 葉佩くんのことなんですけど。
 僕が…姉に依存している、いや、していた、というのは、今では理解してます。そして、それを失って、それを認めたくない心が、もう一人の僕を作り出したってことも。
 あぁ、もう一人の僕は、全くの別人格じゃないと思います。ちゃんとその時のことは覚えているし…その時、誰かを傷つけることがとても楽しかったのも覚えています。
 僕を見る怯えた目、精気を吸い取られた自分の手を見る恐怖の叫び…それがとても心地よかったことを覚えています。
 あれは、やっぱり僕なんですよね。
 いわゆる『抑圧された人格』ってものでしょう?ふふ、僕も少しは心理学の専門用語が分かるようになりました。
 でも、九龍くんが…あ、いえ、葉佩くんが、僕を救ってくれたんです。
 音楽を愛する心とか、誰か他の人を大事に思う心とか…取り戻してくれたのは、葉佩くんです。
 僕の<宝物>は、姉さんに貰った楽譜なのは確かですけど、僕を闇から助け出してくれた九龍くんの…あっと、葉佩くんの…あ、九龍くんで良いですか?はい。えーっと、九龍くんの手が、僕の<宝物>になったんです。
 九龍くんが僕と一緒にいてくれて、僕のすることを認めてくれると、僕は、あぁ、ここにいてもいいんだなぁって思えるんですよ。
 九龍くんは、僕のことを好きだって言ってくれて、僕が彼を助けているって言ってくれるんですけど、僕の方こそ彼に助けられてるんです。
 皆守くんは、僕が姉の代わりに九龍くんに依存してるって言うんですけど…まあ、そういうところもあるって認めますけど…。
 共依存?
 あぁ、あれですね。アルコール中毒患者とその妻っていうの。妻はアルコールを止めさせたいって口では言ってるけど、本当は頼りにされることが嬉しくて、私が付いていなくちゃこの人は駄目なのよって思いながら、アルコールを買ってくるっていう関係ですよね。お互いがお互いに依存しているっていう。
 僕と九龍くんの関係が、それですか?
 うーん…違う…んじゃないかなぁ。
 僕は九龍くんを頼りにしてるし…九龍くんも僕を頼りにしてくれてるかもしれないけど…でも、全然違うのは…僕らの関係は、せいぜい卒業までの関係って、お互い知ってるってことでしょうか。
 いつかは、終わるから…それを知ってるから…依存から抜けられないって言うか抜けたくないって言うか…駄目ですか?僕も九龍くんも、今の状態が、とても安定してるんです。
 僕も九龍くんも傷を舐め合って、それで、これからを生きていく力を蓄えてる時期なんです。
 ちゃんと…依存じゃなく、自立した関係も築ける…と思うんです…そうじゃないと…僕は…置いていかれるし…。
 えぇ、はい。
 いや、その…相談は、そこじゃなくて…ですね。
 今までのは、前振りです。僕が、如何に九龍くんを大切に思っているか、という。
 大切なんです。本当に、大切で大切で、<宝物>みたいに扱いたいと思ってるんです。
 なのに、ですね。
 最近、また頭痛が酷くなってきたんです。
 あっちの人格が出て来そうなんです。
 あぁ、誰か他の人を傷つけたいんじゃないんです。
 ただ…九龍くんを見ていると、何か胸がざわざわするって言うか…。
 何だか…意地悪したくなる…んですよね…。
 大事で大事で仕方がないのに、泣かせてみたくなるって言うか…。
 そんなことしたら、九龍くんに嫌われるだろうから…何とか我慢してますけど…。
 あれ、ですかね…小学生が、好きな子を虐めちゃう、とか…そんな感情なんでしょうか…。
 え?ぐ、具体的に…ですか?
 いやその…泣いた顔は可愛いだろうなぁって…意地悪したら、怯えた目で僕を見るのかなって…そ、想像するだけですよ、想像。
 いえ、ですから、具体的に何して虐めるっていうのは…なるべく考えないようにしてますし…。
 え………
 ええええええっっ!?
 い、いや、そんな、いや、だって、九龍くんは男だしっ!ぼ、僕も男ですからっ!
 へ?そ、そうなんですか?
 異常…じゃないんですか?
 はぁ…思春期の男なら良くあること…え…ってことは、皆守くんとか、真理野くんなんかも九龍くんのことをそんな目でっっ!!よくも…僕の九龍くんを〜〜〜!!
 は?ものの喩え、ですか。あは…ははは…驚かさないで下さい、ルイ先生…てっきり僕はまた、皆を闇討ちして回らなくちゃならないかと…。
 …あ、いえ、こちらの話です…ふふ…ふふふ…。
 えーと…それじゃ、その…僕は、どうしたら良いんでしょう?
 あの可愛い可愛い汚れない九龍くんをおかずに…その…すれば良いんですか?本人に意地悪するよりは、マシでしょうけど…でも、九龍くんに失礼ですよね…いえ、本当に大切にしたいんです。大事なんです。
 僕の心の支えなんです、彼は。
 それを…九龍くんで…なんて…顔が合わせられないと言うか…。
 はぁ。
 何ですか、これ…うわああああ!
 な、何でこんなもの持ってるんですか!?ルイ先生!
 …あ、没収品…なるほど…良いんですか?それを僕に貸し出しちゃって。
 はぁ…正当なカウンセリングの処方箋…ですか。
 これで青春の欲望を昇華しろ、と。そう言うわけですね?
 分かりました。やってみます。
 あまりそういうことしたこと無いんですけど…でも、九龍くんに失礼なことをせずに済むなら…!頑張って、やってみます!
 …あ、頑張らなくても良いですか。
 はい、では、これで失礼します。
 ありがとうございました、ルイ先生。





 後に。

 取手はこう語る。


 「いや…あれが決め手になっちゃった…かな。せっかく貸して貰ったエッチなビデオ、全部九龍くんに置き換えて想像するようになっちゃって…具体的に…ね…むらむらしちゃうようになっちゃって…はは…ははは…」


 よくある失敗であった。






…いや、本当はカウンセラーはこんな誘導尋問というか洗脳みたいなこと言わないと思うけどな。
本職の人、すみません。


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