featuring artists and exhibitions DOUBLESENSE 村岡三郎×鈴木貴博 TALKSESSION     




鈴木
:いつ頃からどういうきっかけで抽象の彫刻作品を作りはじめたのですか?

村岡:それがおかしいねん、(1950年代当時)裸婦を作ってたのだけど、その頃二人の先生がおったのだけれど、その内の一人は仏像を作ったりしてた。二人の先生のうちの一人が日展のスタッフ、もう一人が二科会だったかな。その人たちが一緒に裸婦を作ってて、それを見ていると、どうも俺がやっているのは違う。勝手に形を変えるのだけど、俺はこう思うからこうやって作っているんだけど、二科の方の先生がそれがいいって面白いほうに評価してくれた。

で、ある時にポーズをつくってて、それはひざをついた女の人の像をつくってたんだけど、(次の日まで裸婦の形をとっておくのに)普通はビニールをかぶせるのだけれど、その頃はビニールが無い時代なので濡れ雑巾かぶせてて、凍ってしまうから…それがいつの間にか落ちてしまって、像のうしろの部分がブリーンと落っこちてしまった。朝行ったら、大きく欠けてしまってた。ぼちぼち出来上がっているのに…・。続きをつくろうとしてたんだけど、次の日に来てまた作ろうと思って来て見たらそうなっていたんだけど(落ちていた)、ぐにゃーっと落っこちているその形のほうが(それまで形をそのままつくっていたときのものよりも)ずっとおもろかってん…。それを見てて、はーっと思って。それからやね…衝撃うけたんは…。はーっと思って、粘土というもんはこういうもんか…って。それで、研究所では、裸婦、家に帰ってからは、落っこちたような形をいっぱいつくってたのだけど、(外に対しては)隠してた、隠れてつくっててん。粘土をバーンと落としたような、そんなものをいっぱい作ってて…そうして抽象の作品をつくりはじめた…・。そんなものをいーっぱい作ってつなぎ合わせて…作品つくっていった…。そんなのをどんどんつくっていって、それで(だんだん)抽象になっていった…。

鈴木:ということは独学というか、自分で発見して、自分で感動したものから影響をうけて、それで作っていったという事ですね、それが今に続くわけですね。

井上、たしか鉄の抽象の彫刻というのは村岡さんが一番はやいんですよね、

村岡:うん、一番はやい、日本では。そのころ同じ時期に、堀内正和さんが鉄の彫刻をつくっていて、それは鉄の線を作っていて、線を巻いて空間的な仕事をつくっていて…そういう仕事をしていた、それとほぼ同時くらい。

鈴木:巻いたり曲げたりするってこと、それは抽象の形をつくるってことですけれども、つまり同じく抽象の彫刻の延長上にありますよね。当時の時代背景なんかは知らないけれど、当時の作品を見る人々にとっては、ものすごく理解しがたかったのではないですか?形を作っている人が彫刻家だ!っていうか。こんなにそっくりに作ったの見てくれみたいな…(笑)ここすごくないって、この動きを見てくれみたいな…(その当時の状況はそんなものだったのではないですか?)

村岡:溶断やってると、やっているうちに鉄ってほんとこんなもんかって思った。ほんとにそうだった…。熱に本当にもろいし、硬いやん。そういうのがおもしろくって。鉄で形を作るわけだけど、その鉄の質ってもんがおもしろくって、それは鉄の質にもよるし…それからやね。それを自分でやっていった…ってそんなんですねん。だからそんなどうでもいいことが重なっていって…(笑)。

あのね、今から思ったら壊したりしたそんな形の奴(作品)、それの形をきちんと今まで置いておけばよかった…今やっているでしょ、岡崎乾二郎って。そんな形をつなげて横にしたり縦にしてみたりって…。あんなのの原型やっとったもん。横にしてみたり、縦にしてみたりして繋げて…。

鈴木:やっぱり僕らは、作品つくってても偶然つくったものには負けるんですよ。自分の行為って、所詮人間の行為って人間の行為でしかないんだ、っていつも常にそう思うし。

村岡:結局、きっかけはそれ。きっかけはそうだったんだ。絵描きになろうって思ったのもそんなんですねん

鈴木:絵描きになってたらどうなってたんだろう?それはそれですごそう!

村岡:いやぁ、途中で辞めてたかも知れんし…(笑)。わかんないですよ。たまたまそういうことやねん。みんなはもっと自然に美術がすきになって、それでやってきて…昔からそうやってみんなやってて。そんなもんとちゃうのよ、わたし…そんなにぎたらしい経歴とちがうのよ、私…(笑)。

鈴木:僕はその…僕の世代として村岡さんとある意味共通項があるのではないかって今回をきっかけにして考え始めました。(僕について話しをすると)僕はそれなりに僕なりのやり方でやってきました。大学の1年生くらいから一応美術史を勉強しはじめて…。そんなことをしながら、大学のそれこそ2年生くらいから本当にこれで最後や最後やって…これでもう最後や、って感じで。今もそれは一緒なんですけれども、作品をつくってきた、もうこれで絵は描かれへんっていうかんじで。これが最後の一枚や!って感じで作ってきた。繰返してきた。で、そんなもんだから、絵もどんどん変わってくるじゃないですか…それこそ具象あり抽象ありって。ある時期ホント全然つくってなくって、作れなくって…。反対に今まで作った作品を燃やしたりとか、そして燃えのこった燃えかすや灰こそに本当のリアリティがあるなと感じたりとか…。ある意味、物質の方に強く影響を受けていた、描いたものよりも…。

その頃はやっぱマルセル・デュシャンがいて。僕はマルセル・デュシャンの事は好きじゃないんですけれども、でもそんな事とは別にして、いつも僕の横にはデュシャンがいました。「つくらなくってもいいんだ」っていつも自分に問いかけていました。今作っても、例えばこれも(近くにあるものを指差しながら)作品っていえるし、あれもまた作品やっていえるし…。そんな時代(今)にあえて俺は何をやるんやろうって言うような所でいつも自分に問いかけていた。ひとつひとつ作品を作りながら、作らなくてもいいんやけれども作ってるっていう事をいつも自覚しながら僕はやってきた。だからある意味苦しかった。僕らの時代は、村岡さんのその時と比べたらモノが逆に溢れている。情報がたくさん溢れている。そんな状況の中で、そんな簡単にはリアリティって感じられないんですね。ホント情報とかいっぱい多い…。だからこれが俺だって思えなくって…言い切れないんですよね…。

   

今でこそ俺は「生きろ生きろ」ってそういうテーマを持ってやっているけれど、逆に当時は、今横に棺桶がありますけれど(作品を指差して、この作品は鈴木の1990年につくられた作品のニューバージョン)、「死」というテーマでやってきました。(10年以上前ですから)僕の年令は若いんですけれど、そこから見た「死」というか…。若い年齢からみた「死」なんですけれども。「死」というものは絶対当たり前のように訪れるということが、当然、当たり前のようにあるのは頭ではわかっているのだけれども、やっぱり遠すぎてリアリティが沸かないというのがずっとずっとあったんですけれど、やっぱ僕の突破口というか、いつも自分のテーマというものを考えるときに「生」とか「死」という、それだけが出口のようなものというか…。もちろんそんな簡単に若いから分かり切れないし、若いから今から見ると笑われるような…映像なんか見ててもそうだし、笑われるような文章とかいーっぱい今でも書いたものが残っているんですけど、でもそんなものが自分にとって真剣に取り組める入り口のような気がしてました。だから自分が一番取り組んでやっていけるようなやり口でやってきました。そんなことをしてきながら、ある時期にポジティブな表現として言葉が変わってきて、「生きろ」という言葉がでてきて、それから「生きろプロジェクト」をやりはじめたわけだけれど、ある意味やっていることは前からかわらない…。

村岡:戦前の…経験があるでしょう、特攻の…。私には。その状況の中でその時、自分が自分の意思で考え、自分の一人の意志で本当はいろんな事をしゃべりたいのだけど出来ない。そんな時代を経てきた…、それがひとつの後遺症だと思うね。

鈴木
:空を青くぬらなきゃいけないところをどうしても青くはぬらないという…
(戦後の虚脱感の中でフラフラと公園をあるいていたら、おじいさんが絵を描いていた。おじいさんは風景を描いていたのだけれど、空は青いのにおじいさんはその空の色を青ではなくピンクに塗っていた、その絵を見たときに、絵を描くという行為のなかに自由を感じ、それが村岡三郎が絵描きになろうと考えるきっかけになったという)

村岡:そういうふうに…僕は、美術なんてことを始めた根幹の原因はそれ。当時、戦争から生きて帰ってきたでしょ、そのころなんて全くの虚無状態ですよ…。その時に何かをやっていかないといけない、生きていかないといけない時に、何かにすがろうとしてたんやねんけど、そんな時に絵を見た。その時これや!と思った。自由やん。やっぱり自分の考えたことをしゃべりたいやん!

しょうもない話やけど自分で考えたことをしゃべる…以前文章にも書いたことがあるんだけど、戦争の末期やけど…戦争中の兵舎の中でね、戦争中、生き残った奴等だけが兵舎に集まってどんな話をするのかっていうと、昨日どんな夢をみたかなんです。昨日見た夢の事…夢の話やねん。それがもう、みんな生き生きとしゃべるねん、皆。夢の中で追われていたりしても逃げるのは自分の意思やん!自分の自由の意思やん。そんなことでも夢を見るのは自分の意思やん。そこに自由があるねん。それでみんなどんどん笑ってきよる。夢を見るのは自分の意志や。(だから自由な表現というものにあこがれる、それが)後遺症やね…。そんな経験してきた。それが戦争が終わった時に大きく跳ね返ってきた、多分そうやと思う。だから僕は戦争を逆手にとったわけだ。エネルギーを…そういう事やと思う。

で、いろいろ反省した。反省することがあって…。

いわば戦争をした当時の日本は、麻原彰晃みたいにマインドコントロールされていたんでしょうね。そしてそんなマインドコントロールされた自分っていったい何やと考えた。そしたら、その精神構造がものすごく疑問に思えてね、日本人には何かが足らん。日本人には何が足らんのや?って考えてみた。何ていうのかな、日本人ってものを見ても、すぐものに意味をつけてしまう。月をみても月をきれいだなって言ってしまう…でもそうやないって思うねん。ものをものとして見ていないんやないか?と、そういう事になってきたんや…。ようするに近代性を持っていないんや。だからこれはいっぺんものを見直そうと思った。それを言おうと思った。だから、きっと物質に興味を持ったんやと思う。それ以後はね。きっと。だから戦争で経験したことがアーティストになったということであればそうだ。

鈴木:すごい!僕らのなかでは想像でしかわからないですけど、戦争に行って闘って…っていうのはある意味価値感が…価値感がきつくこわされる…。

村岡:そう。まず自分が無い。死ぬだけやから。でも死ぬ事だって出来ない。自分の意思で死ぬなんて、自殺なんてとんでもない。夢見るくらい…。

死を認めていって自分に厳しくいろいろと見せながらやっていって、少しずつ自分のリアリティーが見えてくる。その根底となるのは自由と死。その死を見てきたんやもん。

もし芸術をしなかったらもう天文学しかなかった。天文学者になろうと思ってた。昔から小さい時から天体美術が好きやったから…。別に逃避やないんだけど、そこにある聖域がね。ま、戦争中にいろいろあって、でも夢があった、少年の頃の。その二つがねじくれた形になってずっと続いて今になってきているって思う。ずーっとひきずってんねん、と思うわ。俺は美術館に並んでいるのが絵だなんて思っていない。美術家になろうなんて思ってないような…。そんな気がするわ。わからんけど。でもそれを認めていって、自分に厳しく見せながら、自分のやりたい事を見つけて行こう…自分に厳しくやっていこう…って。ただ、それを夢みていただけでは絶対にダメで…。そこに自分のリアリティーがあるんやなって。その根底にあるのは自由と死の問題。死の問題。散々死を見てきたのやから…。

僕は、いつも死臭を思い出すねん。死臭ってものすごくってかなわん…、ものすごかった、死臭…。恐怖やったけどね、今でも思い出したら…。

   

鈴木:ある意味、自分がものすごく強くないと、ものが作れないと思う。そういう経験(戦争の体験)したら、自分の存在価値とか見えなくなってくる。今日にそういう状況があったら、自分がそういう状況に今日にあったら必ず混乱する。本当にそんな状況で戦争から帰ってきたらものは作れない…。

村岡:もちろん僕もそうだった。本当にそうだった。戻っては来たけれど。本当に何も出来なかったもん。何にも価値を認められなかった。人間としてのリアリティなんて無いと思った。死体をね、死体が積み上げてあって…。どこにも死体を置くところが無いから。それ見て思ったことは、本当はこのザマやっていうことや。それは嫌って程見た。精神的なもんなんて何にも無い。

だんだん死体が死体じゃなくってモノ化していく…モノに見えてくる…それが慣れっていうか。それって防御本能だと思う。そうじゃないと気が狂う。それはひとつの人間の本能だと思う。人間ってうまいこと出来ていて、それ(死体)に対してそれをモノとして扱えるっていうか、モノとして見れるように自分を防御していくんですよ。だからそうなっていく。そうしないとでけへん。その時代って我々死を毎日見てるやん。死って隠蔽でけへん。必然的に。そういう意味では、今って死というものがどんどん隠蔽されていっている。おかしいのは、病院に行くでしょ、死体が忌まわしいものというか。死んでいくと、それをどんどん隠蔽していく。そうしていくと死というもののリアリティが遠のいていくのね…。そういう死体構造の文化ってものがある。昔はそんなことはなかった。だから、そういうこと。死っていうのを隠蔽していく。

鈴木:日本だけですか?

村岡:そういうわけではない。死に対するリアリティが無くなっていく、隠蔽されていく、浮遊していく…。
そやとおもう。だからおもしろいのよ、人間が死んだら穴が掘られてそれが埋められた小山があって卒塔婆が立って…、死んで日もくれてどんどん白骨化して、暫くすると卒塔婆も倒れて、だんだん大きな山がで出来ていく。そんな毎日のくりかえしやってるわけやん。文化ってのは死を隠蔽していく。そうなっていったね、でもそれって問題かなって僕は思う。慣れっていうんじゃなくって、リアリティがないと生きているって一体何なのかって考え付かない。リアリティがない。変な意味で美形化されたり形骸化されたり。リアリティがどんどん薄れていく。総体的に。

鈴木:村岡さんに聞いてみたかったんですけれど、神も仏も無いって以前おっしゃってたじゃないですか。たぶんそういう状況にいたらそうだと思うんです。ただ、宇宙が、聖域のある宇宙、そういうものが好きだという。宇宙というものは大きく存在しているじゃないですか。そういう中で自分を位置づけるというか、自分の行為を確かめる、自分の位置を確かめるというのは、村岡さんにとっては自分のやっている存在行為を確かめるというのはどういうことなのですか?勿論善悪とかいうような世界、問題では全然なくって…。

村岡:それはね、人間って…一番思うことは…日常的には既存のものではなくって、要はその…自分の精神構造だとおもう…基本的に。宗教ってそうでしょ。その状況のとき(リアリティを求めたりするときに)宗教というものが精神構造を構築する手助けになると言うけれども俺はそうは思わない。宗教、それ自体がなくなったら人間どうなるか?とまどいを覚える…どんどん戸惑っていく…その恐怖と戸惑いの中でこそ生きるべきやと思う。代償はねあるけれど…。死ぬ恐怖とかね。宗教にその辺のところを求めるってのもわかるけど…。

鈴木:広大な宇宙が存在して、自分があるときはある、自分が消えて無くなってしまうときもある…。それはすごくわかる。そんなことを考えながらも知っていながらも自分はここにいて、こういうことをしているってことで、ここにいて、やっているわけ

村岡:そうでないと、そこに宗教を持ち込んできたら、どこかで埋め合わせをする事は出来る、それはそれで何か出来るとは思うけれど。宗教も徹底的に理性を空間の中で存在させて行き、そんな意味(ふつう捉えられている価値感)と違ってきて、初めて最後までたどり着ける。宗教よりも哲学。それをとりつづけることや、ずっと言い続けることや、何も手助けはない。それから宇宙は何かと意識しだして…自分がいったいどういう存在なのか知ろうとする。
自分の位置を知ったわけや。感動して自分の位置を知ったわけや 。

鈴木:ピンクの空の色に感動したわけ、それが村岡さんにとっても生きてるリアリティ。やっぱり自分の中で絶対にある。そういうなんかこう強い信念、精神…

村岡:もうひとつ言うと、死んでいくやん…その死んでいく代償が欲しいわけ。なんでここに生きたのか、死ぬのか。その代償として人間はいろんなクリエイションを考えるわけ。こんな事を考えて来たってことで埋め合わせをしようとするわけ。だから死を知っていない、死ぬときじゃないとわからない、それをしない人間は単なる動物であり人間じゃない。動物と違って、人間は幸か不幸かそれを知ったという事実があるわけよ。やりきれん代償をどこで埋め合わせしようかってなると。埋め合せをしようとすると“ないものねだり”になるわけや。クリエイションになるわけや・・。そこで宗教ってものも出てくるわけだけれども、宗教になるとまた違ってくる。

井上:そうですね、ある意味自分でその世界に満足してひたってしまったら、他力本願。おしまい

鈴木:僕は現代美術なんかしてて、現代美術のいい部分いい面ってあるけれど、恐ろしい面もあると感じています。作品を作るのに物質を使うじゃないですか、でも別に機能性を考えてつくっているわけじゃない。机なんか神であみだした、というか言葉で表現できないことを形にして行くことと思うんです。だけど、そうしてものを作っていて、作っていながら、ものすごく人間のごう慢な所を感じてしまったりする時があるんですよね。そういうことをやり続けていっていいのかなって考えた時に、ホント、これじゃつくれないなって思う時があるんですけども。でもやっぱり最初言ったように人間は最終的にクリエイションをどうしてもして行く動物だと思うし…。

村岡
:それは死を思っているから。死を自覚しているから。多分そうだと思う。やり切れんわけや。だから、不条理に、ただその不条理にさいなまれるか、その不条理をどう感情化するかって、それはないものねだりであり、だから悪循環といえば悪循環やけれどもそういう行為だよ。だから多分にそういうところが根幹にあるわけ。死が根底にある。死をどう認識しているか。人間はみんな知ってるやん。それは鈴木君が言ったようにごう慢であるかもしれないけれど、それでしか人は死と対決でけへん。自分を獲得するにはそれしかないんですよ、方法としては。やりたくなくともそれしかない。やらなきゃできないしやらざるをえんわけや。

鈴木:アートの世界というか現代にそういうカテゴリーがある。現代社会は物質が物質的に発展していて、例えば車ができたりとかして便利になっている半面、危険性を感じることもある。その辺のボーダーというか…。僕も一応クリエイションということでたずさわっているのだけれども、やっぱり個人的にやっているものなんで、社会性という面でいくと例えば会社なんかだと、莫大なお金でぼーんと大きく出来ることを、一生懸命アルバイトなんかしながら作っていく…そういうレベルの差を物凄く感じます。けれど、アートのいいところは、そういう個人的なことから発しているのでものすごくストレートに行き来できる。その人の好き嫌いででも出来る。政治でも宗教でもない、そういう独立した分野じゃないですか。

ただ、やっぱり僕は、これは自分の勝手な考えかもしれないけれど、こういう物質的な社会で生きていながら、なおかつ僕は物質を使って表現していて、そこでどういうふうに自分をコントロールしていくか…。ある意味凄くみんな混乱すると思う。ここに物質がある。物質が当たりまえのようにあってそれを使う。自分の気持ちの中では全然ちがう物質と接しているはずなんだけど、やっぱりそれも一つの物質であるという…もしかして自分もその中にあるものの一つになっちゃってて、無駄遣いではないけど人間のごう慢な役を買っているのかなっていつもいつも作るたび考えてしまう。すごいエネルギーもあるのだけどそれと同時に脱力感も感じてしまって…そんなことを気にせず楽天的になればいいのだけれども…スパッと割り切っちゃって…。

村岡:精神的なものをするというのに空間的にものをつくるでしょ、そこにものを使うでしょ。でもそれは消費文化としてそれを使っているのではない、そういう意味でここにあるわけ。それしか方法がないしね。いわゆる一つの手助けはそういうことをしてみる、コミュニケーションの交換、精神的な問題でそれを考える。それがアート、それが普通に使っているのと違う所。ものの扱い方が違う。例えばやってるものはガラスも使うし鉄も使う、使っているわけだけれども、なおかつそれをコミュニケーションの変換の作用として使うために使っているのだから、消費文化で使っているものとは根底が違う。消費の仕方が違う。その辺がごう慢とは違うと思うねん。それを変に間違うと変なことになる。問題が起こってくる。最近よく日常性日常性…とかやってるやん。日常性ってのはそんなことちっとも考えてへんで作ってる。ほんまに。いやしとか…癒しもけっこうやけど違うねん!!

人間が死ぬ事っていうこと、そして掛かっている問題があっての中でそれに向ってやろうとする。そんな中から物質を使うというのは、そういうことだと思う。それしかない。方法がないから…。物質使わないから言語でいいやって・・、ま、詩でもいいんだけど。つかえへんからって使わないのも問題。思想や論議をするのもものを使わない、だからいいかといったらそうでもない。言語の差ってものすごいギャップがあり、試みを要することでもある。無形でものを使っていないからいいかっていうと、だから反対にいい格好をすることにもなる…。精神論でも基本的にその意味をもとめてしまう。宗教でもそれは同じ…。

鈴木:前にボイスとエンデが対談で同じようなことをいっていて、 ボイスがあの木を植えましたよね、何千本か…。で、エンデが詩を書いたって…やっぱり表現は違うけれど、思想があれば…一つのアクションでも一つの綺麗な詩でも同じものかな…と。

村岡
:精神文化にかえるときに、人間は基本的に意味を求めてしまう。意味も思想もおんなじ、だからそれで、宗教のなかにはいっていってしまったり…

鈴木
:価値感って時とともにどんどん変わっていく。しかし根本は変わらないものはあると思う。

村岡:なんでかというと人間は進化してしまう、でも進化していないじゃないですか。具体的に。

鈴木:ところで、クローン人間をどうおもいますか?

村岡:あれってどういうもんかっていうか…。“個”の尊厳を根底からくつがえすよね、そういうことだと思う。そういう意味では自分が死ぬというのは“個”の問題であって。ま、クローン人間だっておなじように“個”はまあ持つんやけど、無論人間っていうのは命を持つんやけれども、同じものでもクローン化されていくと…。場合によってはそれをどういうふうに取り扱うか、どういう問題があるが。

僕は、クローン人間っていうのは基本的につくるべきでないと思う。クローン人間が万が一できても、環境を変えんとね。環境が各自変わると、別々な人間性が出てくるとおもう。遺伝子はかわらないにしても。でも難しい問題。何でクローンを作ったかというと今の人間社会が自分の利の為に作っているんですよね。生命現象のためにって化学者は作っているけれど、ものの生存とおんなじで、死の問題もどんどんどんどん薄れていくね。そうして進むと個の問題もどんどんうすれてく…。


   

鈴木
:人間が頭で考えたり思ったりしたことってそれがどんなことであっても絶対に具体化されていくと思います。マルセル・デュシャンが便器を使ったらおもしろいっていったらみんなやっちゃった。そしてそれが当たりまえになってしまった。だからクローン人間クローン人間って今は騒いでいても10年20年って経っていったら、クローン人間がいることが当たりまえのことになってしまって、そこがゼロになってしまう…。

村岡:もちろんそうだ。だから作ったらいかんと法律をつくっても必ず作っていく。その時にそのクローンの原型はともかくも、クローンが何を考えるかが物凄く問題だよね。

鈴木:人間として考えたら同じかもしれないけれど…。

村岡:遺伝子だよー(笑)。どういう思考体系なのかわからんよね。クローン人間のおかれた環境に左右される、だから、一定の環境っていうのは僕も鈴木くんもお互い持っていないし…共通の環境はあるけど違うやん、喰った食べ物も違うし、それが当たりまえだし

鈴木:もっと人間らしい人間的なクローン人間が出来る可能性もあるけれど。恐ろしい事になるかもしれないし。反対に素朴な人間になったりするかもしれないし…。

村岡:なる可能性もある。しかし、僕の予想では、ものすごいことが起こると思う。おそらく制御が必要だって思われたとき、ここでやめようっていう制御がおこるとおもう、必ず制御が起こってくると思う。それが人間の最後の知恵。もう、これでやめましょう!そういう知恵がおそらくでてくる、でたときにそのとき納得が行く、そういうことがあるんじゃないかと思う。人間の最後の知性っていうのは制御だと思う。もうこれでやめましょう、というそれが最後の知恵。そういう気がする。それはおそらくどういう時に起こるかというと、宇宙が何かというような、宇宙の何かをある程度、理解したと、人間が人間なりに知ったときに出てくるような気がする。そういうふうな意味で、そういう客観的な問いを問い続けているわけや。何か知った時あるかもしれない。そして最後の知恵で制御がおこる。最後の智恵で、そうでなければ人間の終末ってそれだと思う。そうでなかったら人間は退化するよな。終末を迎える。人間はどんどんどんどこ退化する。それで、自殺行為で終末をむかえる。制御をもっていかなければそうなると、そう思うてるけど…。

社会主義であったらどうかというと、社会主義は社会主義で、それはどのみち問題がある。資本主義と社会主義とが出会ったら組み合わせたらどうかって、いい社会になるかっていうとそうではない。だから、問題は自分が忌まわしいと思うそういう社会から出ては生きていかれへんということ。そこにしか生きられへん。そこで問題をかかえこんでいるわけや。これをなんとかしたいとおもう。そうおもうわけや。

政治がそういう問題といかに直接かかわっていくかっていうところ。やっぱり日本なんか特にそうではない方向に向っているじゃないですか。そういうことが今現在起こってますねん。だから消費文化だって経済文化だっていったって、みんなちっとも豊かになってへんやん。精神的に。何だって、日本以外だって死はどんどん隠蔽されていくし…。そういう時にアーティストの方がそういうことを考えて、いつか死んでいくかもしれないけれど、根本的な問題を抱えながらクリエイティブしていく。そういうことじゃないと抵抗の仕様がない。抵抗していく。美術までがそういうことから遠ざかっていく、それが問題。死は隠蔽されていくし。そうでないと抵抗しようが無い。その美術までがね…そこが問題。

鈴木:僕が最初に言ったごう慢なことというものとも繋がっていて、ある意味アーティストまでがマーケティングというものとつながって、それに乗っていくのはとても危険な感じがします。

村岡:そう、その通り。原爆だってそうじゃないですか。その産物じゃないですか。
結局はどう異質なものを見極めていくか。現実を見きわめる、無心で。矛盾でいっぱいで大変だけれども…無心で…耐えられるのか?やっていけるのか?アートっていうのはそういうふうに「死」を考えようとするから、(そうやって本質を見極めようとするからこそ)アーティストは意見を持っている、それに期待している、死と生の裏返し、それを繰返している…。そういう問題を抱えてる…。

それがいつ、それがいろんな構造変化を起こしていく可能性、それが社会のなかでどんどん拡がっていくっていうような可能性は全くかんがえられないけれどもしかし、そこに人間が、そういう人間があらゆるところに存在していくってことが重要な大事な事だと思う。だから、大変なことだけどアーティストはがんばらなあかんと思うわけよ、そういう意味では。生産側にまわったら終わりや、夢も希望もあらへん。

    

鈴木:多分話を通して思うと我々二人の世代は大きく違うけれど、しっくり来る部分がある。アートの概念に関して。

村岡:ボイスはそういう点を考えている。すべての人間は芸術家だって、人間は、みんなアーティストであり、そういう要素を持っているはずや、そういうこと。それをもう一回それを削ぎおとしてそういうものをつくりだそうって。

鈴木:ボイスはすごく進んでいたと思う。今の日本がまさにその状況だと思う。ドイツはやはりもっと早く日本より先を行っていたので。アーティストの特権というか、いい部分はアーティストというのはとても敏感だという事と思う。先のことに関して。それだけがとてもいい部分だと思う。これから先このままいったらこうなるぞとか、凄く危険だとか、察知するんで、それにたいしてアクションをとる…・それを彼はそれを感じて凄く早く感じて進んでやっていた。だから…彼の絵が好きとかいう様なそういう次元ではなくそれは本当のアーティストがやるべきことなんだなって凄くかんじましたね。

鈴木:ところで、今の日本は、よくわからないんですけれど、戦後って変りましたか?思想的には?

村岡:あんまり変わっていない。ま、体制は変った。拘束権がないから、徴兵制度というものが無いからそういう面では変っているけれども。しかしそういう“もの”を見いだす根拠があるのか、精神構造的なものは何も変っていない…。何も変ってない…・。

鈴木:この間ヨーロッパで半年以上展覧会していて感じたのですけれども、ヨーロッパの人々は精神的にある意味行き詰まっていますよね…キリスト教というものがあるけれども…。だから僕らにものすごく求めるものがあるというふうに感じるんです。そんなリアクションが多くありました。「わあ、東洋人だ!日本人が来た!」とか言って、この人にだったら何か、いいアイデアがつまっているんじゃないかって期待するんですよ。まあ、その場所(今回は美術館)にアーティストがずっといてパフォーマンスをしているなんて事は特殊ですから…、「いた!いた!いた!」ってそんな感じでした。

僕の作品もそういうふうに見えるって所が強いので、東洋的というか、だから寄ってくるんですけれども。そういうのってだから国など関係なく世界全体的に(人々は)行き詰まりを感じているみたいで、それは西洋であろうと東洋であろうと全然関係無くって。ドイツなんかだととてもロジックがあるというか哲学というかすべてを理論立てて説明していく…という物をかんじました。日本人はとても曖昧ともいえるけれど、言葉で表現できないというのは意見がないとかいわれるけれどもそうではなくイエスノーじゃない部分、言い方を変えれば何かを考えようとするようなところは深いところがあるというか…。

村岡:ヨーロッパが東洋にあこがれるのは19世紀の日本なんですよ。だから日本っていうのは江戸時代のイメージなんですよ。だから江戸時代の文化、それに興味を示している。そういうこと。それであこがれてる。粋の文化やねん。だけど日本には現実そんなものはないわけや、だけれどもそれにあこがれている。だから西洋人が東洋、日本っていうと必ず江戸末期。

井上:そうよね…よくちょんまげを結った人なんかでてくるわよね。

鈴木
:この間ハラキリの話を聞きました。要は腹を切ることで責任をとるのが日本の責任の取り方なのか?って。日本人の精神にはあるのはそういうものなのかって。西洋では自分の役が終わったら帰るし、逃げても行く…

村岡:何故腹を切ったんだろうって?それはあの時代はあの時代でそういうマインドコントロールにかかっていたんですよ。今は、本当はそんな甘い事しないでいいんですよ(笑)。教団だって同じような事やってましたけど…。

鈴木:今でも自殺っていう形でやっている人もいますけれども…。

村岡:19世紀の頃って微妙でね。その頃の事が書いてある本を読んでいるのだけれど面白い。「粋」の方法っていうものがあるみたいで。わかりやすいところで言うと、芸者さんが粋だっていうんだよ。色気の問題でいうとこのへん(襟元)チラっとするやん、それだけやん、でもその辺で色気感じるみたいやねん。ヨーロッパではそれじゃあかんねん。でも日本人はそれでいいって言ってしまっているんですよ。お茶屋なんかもそれでやっていっている、そういう粋の構造が何かっていうと、それは質とポストモダニズム。
あのね、自分の願望、欲望を最後まで達成しないで、達成する手前で留める!そこで留めると。それが粋だというんですよ。

鈴木:それで思ったのは、日本って子供の文化と思った。西洋は大人の文化。それって最後まで達成しないっていうところと繋がっているような気がする…。

村岡:それが面白い!芸者がね、チラッと見せるだけじゃストリップにならない。だけれども御茶屋さんでは遊び人もそれだけで満足して帰っていく。それが粋なわけよ。最後まで見れないけどそれがいいって。最後まで残さずに見てしまったらそれはもうやぼなんですよ。

鈴木
:そういう文化はなんでつぶれたんでしょうか?今の日本にそういう文化というか考え方というかってのこっていますか?

村岡
:まだね、残そうとしている部分もあるんやないですか!そしたらそれで、粋の文化もええんやけど、それはそれで今度は実体がない。そのまま行ってしまうと、粋は粋でいいけど、そのままそこで留まってしまう。居心地が良くても、心地が悪くとも最後までいかないと!いかないで留めるところに日本的なものがあるって言ってそれを美化する。そこに日本人のあいまいさがある。

例えばそれが、原爆が落ちたって言う事でも、落ちたっていうそこら辺で留まってしまう。徹底的に追求せなならん事なのに、日本人の現実は、原爆の実態を全く知らない。メカニズムを知らない。知ろうとしない。だからおかしい。そういう欠陥が出てくるんですよ。だから一回あけっぴろげにさらしてその極地まで行って、なおかつそこでもう一回何を問題にするかっていうふうにやっていかないといけないんですよ。しかし、そこで粋の構造を見てみると違ってくる。

ヨーロッパは一度極限に行き着きそしてそこでなやんでる、しかし日本人は粋の構造で極限に行き着くまえの粋のまま、そこで留まっている。粋ではあるかもしれないけど粋でとどまっている。喜んでいるわけや。生きてて止まっているわけよ。そうすると現在の構造世界の中で当然経済的にもそういう状態になってくると。だから“おかみ意識”なんてものが存在しているのはそういうこと。お上が言うことだからしょうがないと。粋もそれもひとつの表出されたものとして使ってもかまへんとおもう、しかし、それが日本人の本質化してしまうっていうか、原因が分からん。知ろうとしない。しかしそんなもんを乗り越えていかなければならない。知らなければなんにもならない。

ゴッホでもそうだよね。ゴッホの絵って全然変ってないでしょ。色とか…浮世絵なんかに感動して、彼は感動したけど、それに自分の生涯の作品的な柱には全くなっていないやん。思想がない。なってませんよ。自分のスタイルまでにちっとも至っていない。そんなもんじゃダメ。それが自分のスタイルになっているなんて思うのはとんでもない。

鈴木
:僕はゴッホが個人的には好きなんですけれども、個人的には…。ゴッホがジャポニズムにあこがれるのはすごくよくわかるんですよ。単純に村岡さんがピンクの空の色に感動したのも似通った所に通った見方だと思うんですよ。こんな絵の描き方があるんやって知った衝撃…・

村岡:でもゴッホはちょっとそれを筆でなぞらえただけで、自分の生き方を変えていない。もっと違うほうに変えていかないと。表現としてこういうことがあるってことはあったとは思う。だけど、僕は自分の行き方を変えた。俺はピンクの空の絵をみて、感動して、それを全面的に取り入れた。自分を変えるために。そこから出発した。そこが違う。

鈴木:やっぱりそこが違うんですね。

村岡:絶対違う。影響っていうのはそういうもん。
鈴木:うまいこと説明するんですよね。ドイツ人って。これはこういう意味でこうだよねって…僕以上に僕のプロジェクトとかうまく説明できる。これはこうに決まっているだろう!って。どうしてこの作品には紙が10枚あるのかって…そんなこと、作っているこちらに理由はないのに、理由ないことばっかりなんですけれども全部説明しているのを聞いていると、そのとおりなんやけどこの人ってこんなに説明しているけれども実は何もわかっていないんじゃないかって思ってしまう。全部説明したこと、そんな理由内容などすべてを取っ払った上で、僕はアクションとしてやっているのであって、べつにそれ以上でもそれ以下でもないんです。最初に言ったようにここに宇宙があってここにいるっていう、ただそれだけのことで…。

最初行ったときに僕のアクションを人道的にとらえられたりアートとして捉える人もいたりと、いろいろな評価はついてまわりました。しかし自分のアクションはちっぽけなもんで、単純にそれを動かせるのも人間の本能みたいなものであって。それを一生懸命あーでもないこーでもないってうまく説明するのはすごいなって思うけど。でもそれは全然ポイントを得ていないなって思うんですよ、それって仕方ないのかなって…。

村岡
:そんなことはない、それはヨーロッパ人が馬鹿なんですよ(笑)。馬鹿なんて言うのは、そういう考え方でやってて納得するっていうのが問題なんですよ、ただそうでない人もヨーロッパにはいっぱいいますよ。そんな事で納得しない人いっぱいいますよ。日本にもいっぱいおるよ、そんな変なの。それは日本、ヨーロッパっていうようなところではない。むこうは確かにそういう傾向は多いけれど、ヨーロッパ人だって違う人はいます。日本人にもいっぱいいますよ。

鈴木:自分の話なんですけど僕のパフォーマンスを日本でやったら気持ち悪がられるっていうか…。一時期新興宗教って流行りましたけれど、そんな感じに思われるか、こわいっていわれるんです。そういう部類におもわれる。ごくストレートに見てくれる人はアートとしてとりこんでくれて、ああこういうことをやりたかったのかってすごいって単純におもってくれる。ただ外国でやると全然違う部分で思われてしまう部分もあって、やってみてこんなに違うんだって思いました。場所はほんとに転々とすればするほど違うんだなって思いました。

村岡:ヨーロッパと東洋ってそういうところで違う。文化が違うから。けれど根本的にどこがちがうのかっていうと実はそんなに違わない。それはちょっとしたものの関係ってあるとは思うけど。ちょっと違うだけだけど、思考体系が違うだけでそんなに違わない。人間だから…思考体系も…。

鈴木:僕はボイス好きでボイスの方法論がすきなんですけど。あの人は言葉で「挑発」っていうじゃないですか。まさに挑発だと思う。変なアクションばかりして、学生に手出しして鼻血出したりして、挑発だけれども・・そういうことだけでなく、あれってすごいきざみ方だと思う。だって、ここで怒れば絶対にみんな忘れないし。そういう所に持っていった時点でテーブルを用意して討論する…。彼の方法論ってまさにそういうことだったと思う。自分が正しいとか間違えているとかそういう世界じゃなくってテーブルをまず用意して話すというか動かしていく…、それが彼の方法論で…それをみたときに僕は物凄く西洋的な純粋な方法論で来ているなって思いました。

それで僕の方法を見たときに僕の場合は静かなアクションでの継続でしかない、派手でなく本当に地味。だけどそれをヨーロッパでやりました。そして思ったのは、彼ら(ヨーロッパ人)にとっては僕のパフォーマンスは“挑発”ではなく“刺激”。刺激として凄く気になるんですよ。一日で終わったらいいのですけれども終わらない。一年も二年も五年もやってくれば(生きろを書き続けること)なんでこんなことに時間を費やすの?ってことになって、それがすごくおもしろいですね。すごく気になるみたいで…。僕の中では挑発ではなかったけど、僕の精神構造というか肉体に刻まれているのもがそういうアクションでしか無理なくできなかったんだろうけれども。これで伝えてやろうとかいうんじゃなくって自然のものなので、ボイスとは違う方法論でありますけれども。近いところだとおもう。

村岡:ボイスの場合はあの人は自分のアクションを実現させて社会に考え方を君臨していく、すごいひと。すごくしたたか。必ずしも純粋じゃない。純粋じゃない。すごいしたたか、それくらい近代人っていうのは大変だから、そんなに純粋じゃない、と思う根底はあるんですよ、根底をどういう風に方法論にするか、かなり考えている。したたか。かなり考えてますね。僕はそう思う。