featuring artists and exhibitions 岸田良子     



岸田良子  KISHIDA, Nagako

  


1974年に京都教育大学を卒業、現在同大学に勤務している岸田良子(ながこ)さんは、日常我々が見のがしてしまいそうな情報や言葉を1年間収集したものを様々な形に視覚化して個展会場に提示してくれる。ある年は、<天気予報>をテーマに2年間分の天気予報が4冊の本で表現され、同時に録音された予報をテープで流す。<団地の名前>の年は膨大な数のラミネートカードが机の上に山積みされて提示される。<世界地図>の年は地名と地図をコラージュして、分厚いキルティングマットとして壁面に掛けられた。28回目の今年の個展は、1991年より制作し続けられている<白地図>シリーズの再編版。



          
■岸田良子 個展   「断片/白地図 もうひとつの空」
【会期】  2005年10月18日(水)〜10月30日(日) 11:00〜19:00(最終日:17:00まで)


 
【展覧内容】
1991年より制作し続けている「断片/白地図」シリーズ。
白地図をいくつかの断片にわけ、境界線は銅メッキした鉛で区分けし、その他の部分は合板にウレタン 塗装した作品群。(材料:シナベニヤ板、アクリルウレタン塗装、鉛、銅テープ)
サフェイサーホワイトを塗った白い木製の地図の切片を濃い青や灰色、薄いベージュ、白、鼠色、水色 の切片に交換する。濃い青、水色、はゴッホの風景画<サン=レミのポプラ>の空にある。薄いベージ ュ、白、鼠色はモネの風景画<サン=シメオン農場の道>の空にある。
州別に切り分けられた地図の切片は固く貨幣のようにかわらないから、そこにバロックなゴッホの空や モネの空が出現する。
今回の個展では「空」を再編する。
<種まく人>の空 <サン=レミのポプラ>の空 <サン=シメオン農場の道>の空 <サン=タドレスの断崖>の空など。7〜8点。


●これまでの岸田良子の作品に関しては以下にまとめてありますので、御覧下さい。●

1977.3.1-3.6  <カタログ>  →画像へ
ハサミ、ヘヤーブラシ、パン、クツなどの拡大写真をとり黒のリキテックスで回りを塗りつぶして平面作品を作りカタログにしてしまう。

1978.2.28-3.5 <鳥類図鑑> →画像へ
図鑑に登場するカモメ、アヒル、などを一度白黒写真に拡大し、その上から部分彩色し、さらにまわりを白いモデリングペーストで埋めてパネルを作り図鑑にする

1979.3.20-3.25 <ABCスター読本> →画像へ
スターの顔をA4判のAPR判にし、ABCに分類して26冊のハードカバーの本に仕上げて、スティールパイプの上に合板を乗せたテーブル状の台の上に並べて提示する。

1980.3.18-3.23 「ラベル」 →画像へ
日常雑貨のラベルをB4判にカラーコピーし、チョコレート、コーヒー、タバコなどの品物別、中国製、タイ製、など国別に分類しまとめて、8冊のハードカバーの本に製本した。それをスティールパイプに合板を乗せたテーブル状の台の上に並べて提示する。

1981.7.7-7.12 「電話帳」 →画像へ
昨年と今年の電話帳を比較し、新設・廃止された番号を修正液で消し、それをコピーにかけて製本

1982.7.6-7.11 <MENU> →画像へ
書籍・料理店などから収集したメニューを50音順に分類し、製本した6巻を展示

1983.6.7-6.12 <天気予報> →画像へ
1981年元旦より1年9ヶ月にわたりNHKテレビの天気予報を毎晩録音、それを活字にして製本

1984.7.3-7.8 <住宅地名> →画像へ
全国の都市地図から住宅地名を収集し、一語づつラミネート加工したカードを提示

1986.7.22-7.27 < 失語症ゲーム > →画像へ
ラミネート加工された5000の商品名のカードを図書館のインデックスカードのように箱の中に入れて展示する。

1987.9.1-9.6 <国語辞典> →画像へ
国語辞典の見出し語句を70、000語を和文タイプライターでシール上に印字し、77(H)×200(W)×77(D)cmのラワン材で出来た箱の中と蓋の中にもコラージュする。

1988.8.30-9.11 <世界地図> →画像へ
世界地図をカラーコピーし一定の法則に従って小さく切り195(H)×195(w)cmのキルティングマットにコラージュする。
一冊分の世界地図の索引(国名、都市名など)をコピーし、切ったものを同サイズのキルティングマット上にコラージュする。
以上の2点を展示する。

1989.8.29-9.3 <外来語辞典> →画像へ
外来語辞典の見出し文字を50音別に色分けし、印字した45、000語句の無数の紙切れを色文字の集合として195(H)×195(W)CMのキルティングマットにコラージュする。
以上のやりかたで三点のマットを展示する。

1990.7.24-7.29 「日常会話」 →画像へ
日常会話をカタカナでシールに印字したものを、工事現場で使う防音シートにコラージュし、オイルペインティングして提示する。

1991.8.27-9.8 <白地図>1 →画像へ
日本の白地図を7つの断片として提示する。市販の教科書地図を7倍に拡大したものを原稿にして、10ミリ厚のシナベニヤ材を府県ごとの境界で切り分けたあと白色のアクリルウレタン塗料(UN-95)で塗装し、境界線に鉛を挟み込んだ。白い画廊の壁に白い地図ということは、見る事を禁じることで、はじめて見させる作品ともいえよう。

1992.8.25-8.30 <白地図>2 →画像へ
アフリカの白地図を6つの断片として提示する。白地図を15倍に拡大し、10ミリ厚のシナベニヤ材を国境で切り分ける。アクリルウレタン塗料(U19-85F)で塗装。日本人にとっては日本の地図は見なれた記号として機能するが、断片化されたアフリカの地図は、地図であることは了解するものの、どこの地図であるかわからず、画廊空間に呆然と立ち尽くす。観者は、そこで諦めたりせずにもう1歩ふみこめば、形象の抽象化に少し立ち会うこととなる。

1993.8.24-8.29 <白地図>3 →画像へ
中国の白地図を4つの断片として提示する。地図を拡大する時、まず、どの空間で提示するかを考え、壁の大きさとシナベニヤ板の寸法(4尺×8尺が最大)が拡大率をきめる。中国の国は4つの自治区と22個の省、3つの直轄市からなり、それらの境界線で切り分けられる。この国は「川」や「山の尾根や谷」で区切られているところが多く複雑な曲線があらわれる。その線は人間が引いた線ではあるが自然を感じる。色は濃いグレーにしたためより図としてみえる。

1994.8.30-9.4 <白地図>4 →画像へ
アメリカの白地図を4つの断片として提示する。技法は同じであるが、その中の塗装の部分を詳しく説明すると、州別にわけられた断片を1つずつ、サフェイサーホワイトとアクリルウレタン塗料の上塗りをあわせて7〜8回塗装する。塗装と研摩をくりかえし、漆塗りのようにしあげる。完璧な断片は、もはや単なる伝達に奉仕することを辞める。

1995.8.22-8.27 <白地図>5 →画像へ
ロシア連邦の白地図を7つの断片として提示。どこの国かわからなくなった白地図の断片は、言語を失った断片である。しかし、誰にとっても同じように言語がひきさられるのではない。見るものに付帯している社会性、生活習慣や経験、その他さまざまな条件にてらされて地図が記号として機能したり、抽象形態として機能したりするのである。そういった観点からも、この作品は、観者なしには成立しない作品である。

1996.8.20-8.25 「言語/名前」 →画像へ
1977年より、造形というかたちをとらずに、制作活動をしてきた岸田が、今回 言語/名前をテーマに収集の時代の異なる5つのカテゴリーを展示。
<MENU>1982年に発表。<飲食店のメニュー><テレビ料理番組><チラシ><新聞><雑誌><料理書><辞書>より収集した料理の名前を収録。
<住宅地名>1984年に発表。<都市地図><住宅新聞><チラシ>等から収集した住宅地名をカードにする。
<商品名>1986年に発表。<スーパーマーケット><テレビのコマーシャル><各種店鋪>より商品名を収集し、カードにする。
<病名>1996年制作。病気の名前を収集し、カードにする。
<書名>1996年に制作。岸田自身が読んで今も手元にある本の名前を収集し、シールにしたものを机にはる。

1997.8.26-9.6 断片/白地図「はてどこだ・・・」 →画像へ
<白地図>を6つの断片として提示する。
副題の「はて、どこだ?はて、いつだ?はて、だれだ?そんなことは聞きっこなしだ。」という言葉は、ベケットの小説「名づけえぬもの」冒頭の言葉を引用したものである。私の作品には記号や事物、現象からすがたかたちをはぎとった言語による作品があるが、<白地図>は逆に記号から言語をはぎとることの試みともいえよう。

1998.9.1-9.6 断片/白地図「おまえは・・・」 →画像へ
1991年より制作され続けてきた<白地図>シリーズ。パンタの「地図にない国」の歌詞を展覧会のタイトルにした。今回はキューバ、ギリシャ、アイルランド、アイスランド等、海にかこまれた国が多かったためか、白い画廊の壁面は「海」へと変貌する。鑑賞者は、画廊空間でこれらの地図にとりかこまれると、水もないのにおぼれそうな気持ちになり、そそくさと会場から立ち去っていく。今回は断片と断片の<間>からノイズが発生し、そのノイズに気付き観察できる目を持ちたいと思った。

1999.8.31-9.5 断片/白地図「さようなら・・・」 →画像へ
1991年より制作され続けてきた<白地図>シリーズ。ヘルマンヘッセの詩であり、パンタの「世界夫人」の歌詞を展覧会のタイトルにした。白地図の断片7つによる提示である。主観を優位におく合理主義的な世界を表現するのではなく、白地図の断片7つが、空間とともにあることを望んだ。まず、正面の壁に提示するドイツはうす水色にし、窓のない白い空間の「仮窓」とする。あとの6つの断片については、記号論的に様々な選択がある。壁のでっぱりや大きさなどを積極的に考慮した。

2000.9.26-10.8 断片/白地図 <光の効果> →画像へ
1991年より制作され続けてきた<白地図>シリーズ。スペイン/リベリア/ジンバブエ/ミャンマー

2001.9.25-10.7 断片/白地図 <種まく人> →画像へ
1991年より制作され続けてきた<断片/白地図。シリーズ。
今回は、カナダ・オランダ・カザフスタン・ルワンダの白地図を用い、アクリルウレタン塗料で着色。
<種まく人>はミレー、レルミットの作品および彼らに触発されたゴッホの作品の題名であるが、この言葉の引用とゴッホの「種まく人」の絵を見ること、そして画廊の空間を見ることから制作は始まる。
私は、絵を描く行為のかわりにシナベニア板を切断した白地図に塗料を着色し、画廊の壁面に提示する。ずっと以前から私の制作は「絵を描くこと」のかわりに何かをすることに終始している。それは、住宅地図を集める子とであったり、電話帳の中の名前を消すことであったりもした。記号表現とでもいえるものかもしれない。絵は描かないが、絵の近くにいる。

2002.9.10-9.22 断片/白地図〈月の昇る夕べの風景〉 →画像へ
白地図をいくつかの断片にわけ、境界線は銅メッキした鉛で区分けし、その他の部分は合板にウレタン塗装。
ウガンダ、フランス、ジャマイカ、南アフリカ共和国の4点を画廊の壁面に提示する。〈月の昇る夕べの風景〉というゴッホの作品名を展覧会のタイトルにする。画廊をおとずれた人々は、地図の形象と〈月の昇る夕べの風景〉という絵の題名のような言葉の間に宙づりになる。その後画廊を立ち去るとともに、さっきまではっきりと目の前にあった境界線はあいまいになる。あいまいになった地図の色面とタイトルが一緒になって観る者の脳裏に「絵のようなもの」が出現しないだろうか。

2003.9.30-10.12 断片/白地図<サン=レミのポプラ> →画像へ
シナベニヤ板にアクリルウレタン塗装
ベニン、スイス、スーダン、チュニジア、グァテマラ、の5点を画廊の壁面に提示する。
地図図形によるゴッホの絵画、<サン=レミのポプラ>のリメイク。

2004.9.14-9.26 断片/白地図<サン=シメオン農場の道> →画像へ
シナベニヤ板にアクリルウレタン塗装
ノルウェー+スウェーデン、モーリタリア、アルゼンチン、タンザニアの4点を画廊の壁面に提示する。
タイトルは国立西洋美術館所蔵のモネの絵「サン=シメオン農場の道」より引用した。